アヴェスターにはこう書いている?
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春山昇華 『サブプライム問題とは何か アメリカ帝国の終焉』(その1)

つまり、日本は大陸欧州は、世界の中で『消費者が冷遇されている国』とも言える。特に日本では、市場価格以下の安い金利で企業に資金を貸し出した。反面、消費者には市場価格とくらべて割高な金利でしか資金を貸し出さない。だから企業は資金を借りようとし、消費者は貯蓄せざるを得ないような位置に追い込まれた側面がある。(p.31-32)



これは「国」の問題というよりも世界経済の構造の中で捉えたほうがいいのだが、こうした金利政策が採られてきたことが、日本の経済の構造を深く規定しているというのは事実だろう。



 アメリカで歴史上最大の住宅バブルが発生したのは、国内要因だけではない。世界的なお金のだぶつき現象も原因だ。00年以降に起きた「お金のだぶつき」は、「短期的な経済サイクルんの変化」と、「長期的な世界構造の変化」の2つの要因が同時に重なって生じたためだ。
 まず、短期的な要因は00年のITバブル崩壊だった。90年代後半のITブーム時はコンピューターや携帯電話などIT製品が無限に成長するとの期待があり、そのチャンスを逃すまいと世界中の企業経営者が生産設備の拡張に走った。お金はいくらあっても足りないと思われていた。だが、ITバブルは崩壊。世界の景気は後退し、世界中の工場が止まった。新規の開発計画も撤回され、人員削減が実施された。資金需要が一気になくなったのだ。世界中のIT資金が不要と宣告され、一転して「投資先がなくなった=金余り」になった。
 一方、長期的な視点では、少し前に歴史的な世界構造の変化があった(図7)。89年のベルリンの壁の崩壊(社会主義国の資本主義化)と、92年の小平の南巡講話(改革開放路線の強化を訴え、今日の社会主義自由経済発展のきっかけになった)だ。15年ほど前に起きた2つの大きな事件は、小さく囲い込まれていた経済圏の壁を取り払った。その結果、大規模で安価な土地・労働力を備えた生産工場が世界の各所で誕生した。中でも中国は世界の工場と称されるほどになった(図8)。
 世界中で工場が建設され、設備投資は増加した。製品の供給能力は飛躍的に高くなった。つまり、より少ない資金量で、より多くの供給能力が作り出されるようになったのだ。
 過去の経済成長と比較して、資金効率は劇的に改善した。資金効率が上がれば、必要な資金は少なくて済む。その結果、お金を借りる人間も少なくなり、金利は上がるどころか、むしろ下がってしまった。また、安い人件費やコストで大量生産が可能になったため、モノの価格は上がらなくなった。
 こうした短期・長期的な要因により、お金のだぶつきは発生した。使い道のない余剰資金は、別の行き場を探す。その資金はアメリカの不動産へと向かったのだ。(p.40-44)


概ね同意見だ。

ここで「お金のだぶつき」の要因として説明されている長期的な要因は、グローバル化とよばれている現象の極めて重要な構成要素である。

この前提としてさらに私が重視するのはブレトン・ウッズ体制の崩壊である。これ以後、資本や投資の自由化が一気に進んだ。それを前提とした上で東西の政治的な壁が崩れたことで、労働市場が一挙に拡大した。

自由に移動できる資本に対して、労働者は同じレベルで移動することができない。土地に根ざして生活せざるをえない。したがって、資本家(投資家)と労働者の力関係に根本的な変化が生じた。

つまり、ブレトンウッズ体制の崩壊に始まる金融自由化と、その政治的対応物であった冷戦構造の崩壊による労働市場の拡大が組み合わさることによって、投資家(資本家)は労働者を選ぶことができるようになった。その選択肢が増えたのである。ここに資本の優位が確立し、比較的安価でありながらも、最低限の品質をクリアできるだけの質の労働を提供できる労働者たちは生活が向上することになるが、彼らよりも賃金が高い労働者の賃金水準は低下傾向(頭打ち)となる。言うまでもなく、前者の代表格は中国やインドであり、後者は日本や韓国や欧米の労働者である。

以上の論では、話を単純化するために投資家と労働者という二分法で語ってきたが、実際にはそれらを媒介するものとして企業がある。グローバルな企業と非グローバルな企業とで同様の差が生じる。前者は相対的に優位になり後者は不利になる。生き残りのために地域密着という戦術を強制され、そこで縮小均衡するしかない。

本来ならば、ここに「パッチを充てる」のが政府の仕事であるはずだと私は考える。しかし、政府は強大な力を持った資本のエージェントと化し、資本家たちの言いなりになる傾向が強くなっているのが現状である。日本や韓国はそれが特に著しい事例だと言えるだろう。日本の場合、分配するためのパイがそもそも小さい、すなわち「小さな政府」であるために、分配の機能を果たせていないのが問題であると考える。

(日本では「分配の元手」が他の欧米諸国と比べて小さいということは否定できない事実であるが、それを見ないようにする新自由主義的な言説がリベラルの中にも横行しているのは由々しきことである。元手が小さいから、警察や消防などの――直接生活の改善に役立つわけではない消極的な――事務にかかる、いわば「固定的経費」の割合が高くなり、結果的に福祉国家的な体制は築けなくなる。それは当然のことなのだが、それをあたかも新発見であるかのように言いふらす言説が出てきているのは気がかりだ。)

生活がよくならない、苦しいことの理由は主としてこうした世界経済的な要因に起因する。政府がそれ相応の働きをしないことが、それを促進する二次的要因になっている。こういう図式なのである。

これを解決するには二つのルートからのアプローチが必要であると考える。

一つはグローバルな資本移動に対する規制である。どこまでやってもいたちごっこという面はあるだろうが、やはり必要だと思う。これが止まらない限り、世界のどこかでバブルが膨れ上がりながら、そうでない地域では停滞が続き、数年毎にバブルがはじけて大混乱、ということは繰り返されるだろう。

こうやって資本移動を規制することができれば、投資家(資本家)と経営者と労働者の関係を再構築することができるようになるのではないか。こうした労働を通じた配分のパイプを太くすることは重要だ。

もう一つは、働いていない人たちを守るルートであり、それこそ行財政の力を使って行なわれる再配分の強化である。その際、ケインズが提唱したような国際的な再配分の強化と一国レベルでの再配分の強化の両方を組み合わせるのが望ましいだろう。
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