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アヴェスターにはこう書いている?
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カッシーラー 『シンボル形式の哲学 第三巻 認識の現象学(下)』(その1)

概念は一つの方程式の端緒にすぎないのであり、その解決は特定の理念的対象領域の分析なり進展する経験によって与えられるだろうと期待される。この意味では、ある概念が、精密に<定義される>はるか以前に、つまり完全に、また最終的に定義される以前に、すでに認識の領域内で活動力をもち生産的であることもありうる。というのも、概念があらかじめ仮説的に先取りしているにちがいない新たな目標へ認識を差し向けることによって、認識ということのはらむ問題を早まって沈静させたりせず、認識を不断に流動状態にとどめ置くという、概念の負っている本質的な課題の一つが、まさしくそこにあるからである。ここでもまた、概念が抽象的なものであるどころか、むしろ予見的なものであることが明らかになる。概念は単にすでに知られていることを固定し、その一般的輪郭を確定するだけではなく、知られていないさまざまな新たな結合をつねに見張っているのだ。概念は、単に経験が提供する類似性や連関を受け容れるだけではなく、新たな結合を鋳造する。概念は、経験的直観の領域の内的組織や、論理的-理念的な対象領野の内的組織を明確に浮かび上がらせんがために、繰りかえし新たに試みられなければならない自由なデッサンなのである。(p.52-53、本文で傍点の箇所は引用文で下線を付した)



『シンボル形式の哲学』では、「表情」「直観」「概念」について3つの巻にわたって論じられる。第三巻は概念を主題としているのだが、上記引用文は、本書の基本となる「概念」についてのカッシーラーの考え方を最もよく表している箇所の一つだろう。

私にとっての概念も、カッシーラーとほぼ同じような位置づけになっていると思っている。

とりわけ、概念が予見的なものであって、概念を提示することによって、それが指示し、分析しようとする内容を予示する機能について言及している点が重要である。私の場合は、そのようにして概念によって示されることによって、そのようなものとして「事実」が成立するという、概念が「事実」を作るという側面をより強調するので、カッシーラーの概念観よりさらに一歩先に進めているのだが、カッシーラーは既に1929年までにはそれに似たことに気付いていたということにはやや驚きを感じる。というのは、このような概念の積極的で能動的な側面は、主に50年代後半から60年代の科学史・科学哲学の分野で「観察の理論負荷性」が議論されるようになったあたりから、ようやく表面化してきたと言えるからである。(例えば、N.R.ハンソンが『科学的発見のパターン』を出したのが1958年である。)

また、ここでのカッシーラーの叙述で特に優れていると思うのは、概念を「繰りかえし新たに試みらねなければならない自由なデッサン」と呼んでいる点である。概念を一度描いてしまったらそれで終わりとするのではなく、常に更新し続ける必要性を強調しているのは適切である。なぜならば、現実的に存在しているものと概念によって作り出す事実とは、決して一致しないからである。それは根本的に性質を異にするものであって、前者がポイエーシスによって認識されるのに対して、概念的な事実は事後的な観察による以外には形成されないからである。そして、認識が生きたものであり続けるためには、変転する現実の中でそれに続く観察をも常に更新し続けることが必要だからである。



「対象に対する表象の関係」が構成される純粋な意味カテゴリーの固有性と特殊な意味は、そのカテゴリーの根底になんらかの存在上の規定――それが因果関係にからむ諸規定であろうが、諸事物のあいだの同等性や類似性にからむ諸規定であろうが、<全体>と<部分>の関係であろうが――をしのびこませることによっては、とうてい理解されえないのだ。ここでは、所与の事物のなんらかの性質や、すでに眼前にあるなんらかの現実のイメージに遡るのではなく、むしろ<現実>一般の定立可能性の純粋な諸条件に遡ってゆかねばならないのである。そして、これらの諸条件に純粋概念がふくまれているからこそ、またそのかぎりにおいて、思考作用はこの概念のうちで、またこの概念の力を借りて、対象に関わり、おのれに対象的意味がそなわっていると主張もできるのである。われわれが概念を厳密な論理学的意味で命題関数として捉え、それによって定義してみると、このことがきわめて明瞭に見えてくる。こうした命題関数φ(x)を使って、概念の問題の捉え方のうちにも対象の問題の捉え方のうちにも生じてくる理論的対立のすべてをそれによって示し、この対立を簡単明瞭に表現することができる。つまり、一方の感覚論的な考え方においては、概念の機能も対象の機能も、この関数に代入される変数の値に目をとめ、この値を単純に並列することによって捉えられると信じられている。そこではφが、あたかもそれ自体一つのxであるかのように、あるいは、せいぜいx1+x2+x3…といったxの単純な総和であるかのように考えられている。ところが、他方の考え方は、命題関数において結合されている二つの契機を区別することから出発する。そこでは、概念はある自立的な論理的妥当性が認められるのに対して、対象にはある自立的な<超越的>実在性が認められ、そうすることによって対象が意識の<内在的>所与から厳しく切り離される。しかし、この考え方では結局のところ、概念と対象の両者は、関数φ(x)がいわば真二つに切り分けられることによってのみ確保されうると信じられていることになる。関数φに独特の<尊厳>が認められているだけではなく、それが一つの<絶対的>な存在、つまり孤立した無制約的な存在に祭りあげられているのである。けれども、まさしくこの関係がその意味と内実とをもつのは、ほかでもない、変数の個々の値がそれとの関係で規定可能になり、また現に規定されているとみなされる当の契機が、それによって際立たされることによる。むろん、関数φとその変数の値とがまったく異なる思考のタイプに属しており、したがってそれらがたがいに還元されえないということに変わりはないけれども、しかし、このようにたがいに還元されえないということは、それらがたがいに分離可能だということを意味するわけではない。こうして、たとえば<物>という統一体は、けっして個々の現象には、たとえば物の個別的で空間的な眺めには解消されないのであり、――むしろそれも、およそありうる眺めの総体とその結合の規則とによってはじめて規定可能なのである。個々の現象一つひとつが物を<表出して(レプレゼンツィーレン)>いるのだが、それら個々の現象がいつか物と本当に一致するなどということは起こりえない。その意味では、単なる<現象>が必然的におのれ自身を越えたところを指示し、<なにものか(エトヴァス)の現象>であるということは、<批判的>観念論にとっても通用する。しかし、このなにものか(エトヴァス)は、けっしてあらたな絶対者を、存在の上での形而上学存在を意味するわけではない。というのも、表示するものと表示されるもの、現前している(プレゼント)ものと再現前化〔=表出〕された(レプレゼンツィールト)ものとがたがいに同一ではないにしても、やはり後者はつねに前者との関係においてしか、また前者は後者との関係においてしか理解可能な意味を生み出さないからである。関数が個別的な値に<当てはまる>のは、それらがたがいに関数によって表現される結合のうちにあるかぎりにおいてでしかない。個別的でばらばらなものは、それ自体連関を顧慮してのみ存立しているのであり、その連関をなんらかのかたちの一般者として――一般者ということで<概念>の一般性を考えても、<対象>の一般性を考えてもかまわない――有しているのであるが、――同様に一般者は特殊者のもとでのみおのれを示すことができ、特殊者のための秩序や規則としてのみおのれを証示し確証することができるのである。(p.89-91、本文で傍点の箇所は引用文で下線を付した)


長い引用になったが、カッシーラーの「シンボル形式」の特質について理解する上で非常にわかりやすい箇所と思われたので記録しておいた。とりわけ、命題関数を用いた概念の説明は、わかりやすい。「使える」説明だと思われる。

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【2008/01/03 18:40】 URL | 世論調査.net #- [ 編集]


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