アヴェスターにはこう書いている?
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池上彰 『そうだったのか!中国』(その3)

「世界最初の社会主義国としてソビエト連邦が出現して以来、最高権力者の重要な権力の源泉は正統イデオロギーの解釈権を握ることであった。なぜなら、そのイデオロギーにもとづいて自らの権力を正統化し、ライバルの思想を異端と決めつけて排除しうるからである」(渡辺利夫ほか『毛沢東、小平、そして江沢民』)(p.202)


正統イデオロギーの解釈権が権力の源泉であるという認識はその通りである。

しかし、これを社会主義や共産主義の国だけに特有のものだと考えるとしたら、それは大いに誤っている。

ローマ帝国の時代以降のキリスト教の正統と異端の争いも、こうしたものであった。アタナシウス派とアリウス派の論争もそうだし、ローマ・カトリックになるローマ教皇庁と東方正教になるコンスタンティノープル総主教座との争いなども、実質的には政治的な闘争であった。時代は下って、カタリ派やアルビジョア派が異端とされたのも同じであり、ルターらの宗教改革も間違いなく政治闘争であり、社会運動であった。(例えば、ルターがドイツ語圏の世俗諸侯の立場を代弁したことは『キリスト教界の改善についてドイツ国民のキリスト教貴族に与う』などを一読すれば一目瞭然である。)

これは「ヨーロッパ」に限ったことではない。例えば、ファーティマ朝がシーア派を奉じたのも、弱体化していたカリフやアッバース朝からの独立性を示す意味がある。アイユーブ朝になってすぐにスンニ派に戻ったのも、フランク(十字軍)との戦いのために、分断されていた歴史的シリアの勢力を糾合する必要があったためである。

また、宗教権力と世俗権力との間であってもやることは同じである。例えば、聖職叙任権闘争などはわかりやすい事例だろう。これは現代の官僚に相当する聖職者たちの人事権を巡る闘争であるが、皇帝と教皇の双方がそれぞれの理論武装をした上で権力闘争を繰り広げたわけである。勝利した側のイデオロギーが正統なイデオロギーとなり、理論上はそのイデオロギーに基づいて聖職者の人事権が手に入るわけだ。

政治制度がデモクラシーの時代になると、こうしたイデオロギー闘争自体は見えにくくなるが、例えば、小泉政権時代に「優勢民営化賛成か反対か」といって、新自由主義的なイデオロギーを正統なものとして確立した小泉が、そのイデオロギーを盾にしながら、亀井静香らを異端として排除したことは記憶に新しい。

選挙制度が採用されると、選挙という儀式自体に正当性付与の効果があるので、イデオロギーの解釈権や選択可能なイデオロギー自体の幅は広がるために、解釈権自体は見えにくくなるが、それは現代に至るまで、ほとんど常に存在しているとみてよいと私は考えている。

さらに言えば、本来、その機能から言って、宗教と政治は切り離すことができないものである。宗教は集団を作り、集団ができればそれは政治性を帯びる。また、政治をするには集団の力が常に必要になり、その際、集団の多くは共通の理念の下に結合しているのだから、その中に宗教的な結社が含まれることはほとんど不可避である。

しかし、いかなるものであれ、特定の成文化された(またはそれに近い)イデオロギーを奉ずることは、政策の自由度が損なわれやすい。このためそうしたイデオロギーは政治的に忌避されるのではないか。(その一つの形態が政教分離。)



 2007年1月12日午前、中国は、地球を周回している人工衛星をロケットで破壊するという実験に成功しました。
 ・・・(中略)・・・
 現在、日本がアメリカと共同開発している「ミサイル防衛システム」は、偵察衛星が地上のミサイル発射を探知して起動を計算することを前提にしています。その衛星が破壊されたら、防衛システムは機能しません。アメリカや日本にとって、中国の軍事技術が、大きな脅威となってきたことを如実に示す実験成功だったのです。(p.219-220)



私はMD反対派である。基本的に無駄だからやめたほうがいいという立場だ。あまり当てにならない割りにコストはやたらかかるというのが大きな理由だが、日本のMDの場合、特に中国を意識して導入が進められているはずである。(北朝鮮の脅威は実際は小さい。)その場合、MDの技術が十分完成の域に達する前に、既にその前提を破壊するだけの技術と能力を中国が持っているということになる。

もともと気休め程度の防衛力しかないものなのだから、MDの前提となる衛星を破壊する能力を中国が持ってしまった以上、MDからはさっさと手を引くべきである。
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