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アヴェスターにはこう書いている?
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関岡英之 『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』(その2)

 私は急に日本の商法というものがいまどうなっているのか気になりだし、まさかと思って調べ始めてすぐに愕然とした。すでに2002年5月に商法が改正され、2003年4月から施行されている。「半世紀ぶりの大改正」で、日本にアメリカ型の経営組織を導入するための改正だという。なんと迂闊だったことか!私は毎朝ちゃんと新聞には目を通しているので、商法大改正の記事もどこかで読んだはずだ。だが問題意識も持たず、全体の構図がわからないまま漫然と読んでいたので、直接我が身に関係が無いと思って読み飛ばしていたのだ。
 アメリカ型経営組織とは具体的にどんなものなのか。ひとことで言うとそれは新たに「社外取締役制」を導入する、ということらしい。いままでの日本の会社の経営組織というのは、取締役会と監査役会に分かれていて、取締役会が実際の経営を行い、監査役会がそのチェックを行う仕組みになっている。だがどちらもそのメンバーは普通、平社員から社内の出世階段を登りつめた人たちだ。
 これに対してアメリカ型の経営組織というのは、経営執行役員と取締役会にまず分かれる。経営執行役員というのが社長や財務などの担当役員(アメリカ流に言えばCEOやCFOなど)のことで、実際の日常業務を行う。取締役会はさらに指名委員会が経営執行役員の人事を決め、報酬委員会がその報酬額を決め、監査委員会が経営全般をチェックする。ここで最も重要なポイントになるのは、三つの委員会の過半数は社外取締役、つまり外部の人間でなければならない、ということだ。

 アメリカのビジネス社会そのものに

 いうまでもなくいまの日本の制度では、人事権は経営者が握っている。社長が部下たちの中から意中の人を後継者に選ぶ。しかし改正された内容は、平たく言えば人事権を経営者からとりあげて、外部の人間に与える、というものだ。・・・(中略)・・・
 商法改正によって日本がいきなりそうしたアメリカ型社会に突入したわけではない。今回は大企業だけが対象である。そして一律強制ではなく、いまの制度のまま続けるか、アメリカ型経営組織に移行するのかを選択することができるようになっている。(p.116-118)


外部の人間の目を入れる、というと一見好ましいように聞こえるかもしれない。しかし、外部の人間に人事権を渡すというのは、アメリカの資産家などの日本の企業に対する発言力が高まるということを意味する。



 入札制度の変更と同じタイミングで「日米公共事業合意」が発表された。アメリカは「土建国家」日本のシンボルともいうべき「指名競争入札制度」を崩壊させるという積年の目標を達成した。談合問題を糾弾するマス・メディアの激しいキャンペーンがそれに貢献した。ゼネコン業界と建設行政に対するネガティブ・キャンペーンが日本の社会にいっきに定着したのが追い風となったのだ。こうして歴史をたどってみると、公正取引委員会による談合の摘発が実に絶妙のタイミングで発動されてきたことに、誰しも驚かざるをえないだろう。(p.127)


市場原理主義が常識として定着したことが、こうした談合糾弾の効果を大きなものにした。長期の不況によって少しでも自分より良い思いをしている「ように見える」人々を叩きたい、引き降ろしたいという心理が蔓延していることがさらに根底にある。

心理的な次元ではそのように言えるが、それを好転させるには、経済が好況に転じて日々、豊かさが実感できる状態になるか、経済が悪いなりにも生活を政策が下支えしているという効果が実感できるような状態が必要であろう。

しかし、世論自体がそれを不可能にしているという自縄自縛状態が今の日本の状況である。アメリカが公正取引委員会をも動かしてしまうような状況では、ここから状況を好転させるのは難しい。エシュロンなどの情報活動も見逃せないところであり、今の不利な条件から、より有利な条件を確保するために何をなすべきかを考える必要がありそうだ。



 アメリカの保険会社や通信会社が日本市場に進出する際に強大なライバルとなりうる郵政公社やNTTに対して、アメリカは公正取引委員会を通して揺さぶりをかけるつもりなのである。所管官庁を総務省から内閣府に移させたのは、そのための布石だったのだ。(p.133)



仮に関岡氏の見解のように、アメリカがそこまで意図してやったのではないとしても、このような事態が起こりうるような体制は望ましくない。公正取引委員会を総務省の所管に戻し、優勢民営化を凍結するべきであろう。(もちろん、いずれもアメリカの要望事項だ。)



柏木氏が会長をつとめておられた銀行に私が就職した1984年は、日本の為替取引の歴史で重要な分岐点となった年であった。わたしたちの入社式が行われたこの年の四月から、外国為替取引の「実需原則」が撤廃されたのだ。
 これは前年十一月のレーガン大統領来日の際にアメリカ側から要求された項目のひとつだった。それまで外為の先物予約取引には、輸出や輸入などの「実需」と呼ばれた実体経済の裏づけを証明することが義務づけられていた。実需原則は、危険な投機の過熱から為替市場の安定性を守るために日本として必要な措置だった。
 しかしフリードマンの自由放任思想を信奉したレーガン政権から、「実需原則」は日本の遅れた金融市場の閉鎖性の残りカスだと批判され、政治的圧力によって撤廃に追い込まれてしまったのだ。(p.199)



この実需原則が撤廃されたがゆえにバブル経済が現出・崩壊し、その後長期にわたって日本経済は低迷を続けざるをえなかったことは銘記されるべきである。

なお、90年代の公共事業もアメリカの要求によるものだった。この時代の公共事業のすべてを私は否定するつもりはないし、新自由主義派の財政学者でさえ、それがはたした相応の役割は評価せざるを得ないのだが、これによって財政赤字が一気に膨らんだことは周知の事実である。

今の世界的な不平等化の趨勢を逆転するためには、やはり「実需原則」のような投機的なマネーを封じ込める制度を一国レベルではなく国際的でグローバルなレベルで行うことが必要だと思われる。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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