アヴェスターにはこう書いている?
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上杉隆 『官邸崩壊 安倍政権迷走の一年』(その2)

 安倍政権では、当初から一部の記者が安倍側近と手を結んで、政権プランを決めているという話が流れていた。とりわけ、フジテレビ、産経新聞、夕刊フジのフジサンケイグループは安倍政権の「特務機関」とさえ言われた。安倍政権は間違いなく彼らで動いている部分があると、政治記者の多くが感じる。中でも、産経新聞の阿比留瑠比石橋文登の両記者の食い込みは群を抜いていた。
 阿比留は安倍との関係を隠すどころか、自身のブログで誇らしげに語っている。安倍との親密さを謳い、そのブログをまとめた本の出版記念パーティーには安倍官邸の錚々たるメンバーが参集した。紙面に載せられないような内容も、ブログで堂々と公表している。民主党のような勢力を蛇蝎のごとく嫌っている。ブログにも頻繁に民主党への攻撃がエントリーされる。代わりに安倍に対しては驚くほどの共感を表明している。阿比留は、偏ることを恐れない。もはや他の記者とは違う世界に存在している。ペンの力で安倍政権を支えるという、政治的使命を抱いた「運動家」なのだ。(p.156-157)



ま、以上のことは周知のことだが、「特務機関」ってのが面白い表現だったのでメモしておく。




 4月23日、安倍首相は、翌年に日本で開催されるサミットの首脳会談の場所として、北海道洞爺湖の「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」を選んだ。この日まで安倍は、記者会見などで、国民に繰り返し訴え続けた。「私の決断」でサミット会場を決めます、というものである。
 ある意味、これほど滑稽な「決断」はなかった。この時期、一年後のサミット会場がどこになるのか、という関心を抱く者はごく少数であった。それはマスコミなど一部の者の興味対象に過ぎない。だが、その記者たちですら、安倍が「決断」を大仰に繰り返せば繰り返すほど醒めていくのであった。大した決意もいらない「決断」を押付けられることで、却って、何か裏があるのではないか、という疑念まで想起させてしまうのである。
 表向きの決定理由は、開催費用を少しでも抑えるために、比較的警備のしやすいこの会場を選んだということになっている。ほとんど困難の伴わない安倍の決断が、鑑定を通じて盛んに喧伝されるが、実際は、すでに記したように警察庁長官の漆間厳の強い意向によって決まっていたのだ。
 この美しいホテルは数年前まで廃墟と化していた。前のオーナーが経営破たんし、営業停止に追い込まれたからだ。ホテルに向かう一本道の道路も立ち入り禁止となった。高価な調度品は、警備も雇えないことからそのまま放置され、若者たちや不良グループが忍び込んでは、カネ目のものを盗み出していった。地元では近づく者もおらず、ただただ荒れ放題であった。
 2000年、セコムグループがその「廃墟」を約60億円で買い取った時でさえ、地元住民は好奇の目で眺めるばかりだった。あまりに高価な買い物であったのだ。
 警備会社最大手のセコムには、数多くの警察OBが天下っている。さらにマスコミの中には、安倍とセコムの親密な関係を疑い続ける者もいた。北海道の土地を調査するジャーナリストも現れた。こうした情報が噂されるのと並行するように、まるで英断と言わんばかりに安倍が「決断」という言葉を使う回数も増すのであった。(p.172-173)



「警察庁長官の漆間」が「警察庁OBが天下っているセコムグループが買い取ったホテル」でサミットをやることに「決断」していたってわけだ。で、安倍とセコムのは関係は?




 就任前、「闘う政治家」を標榜して、自らの変革に乗り出した安倍だったが、政治権力闘争のあまりの激しさに、一旦は「曖昧戦略」に避難するのであった。
 だが、そうやっても側近らの不祥事は一向に止まず、内閣支持率は続落する。果たして、何をやっても同じだ、と気付いた時、安倍は、驚くほど頑固な独自路線を邁進することに決めたのである。実際、彼は頑迷な政治家であった。一度物事を決したときの安倍からは、父にあったような優柔不断は消え、替わりに、祖父の持つ頑迷固陋が宿るのである。(p.199)



こうして強行採決の連続が行われ、日本の民主主義は踏みにじられたわけだが、結局は、デモクラシーによって審判を受けることになったわけだ。

ただ、父の優柔不断と祖父の頑迷固陋とが対比されているが、実際のところ、安倍晋三の場合は、これらは対比されるべきものではない。安倍晋三の場合、いずれの態度も、単に、判断力がないことを示しているだけだからだ。

優柔不断については、「判断力がないため選択ができない」だけである。何が良い選択かわからないから判断を停止するわけだ。頑迷固陋については、「決めたこと」というより「欲求のままに」振舞うだけのことだ。目標実現のために何が必要なのかといったことについて、その都度、局面に応じて判断を下しながら進むのではなく、単に目標に向かって、判断を停止したまま直進するだけであり、誰でもできることだ。しかも、安倍には郵政解散によって前任者から衆院の圧倒的な議席が与えられていたのだから。




 小泉訪朝前の2001年、北朝鮮の核開発疑惑が取り沙汰され、再びミサイルが発射されようとしていた時のこと。安倍は、内輪の会合などで、北朝鮮についての感想を求められるときまって次のような言葉を吐いた。
 「北朝鮮なんて、ぺんぺん草一本生えないようにしてやるぜえ」
 「北なんてどうってことねぇよ、日本の力を見せつけてやるぜ」

 そして、北朝鮮が暴挙に及ぶたびに、「ふざけんじゃねーよ」と叫ぶのであった。
 安倍には得体の知れないモノに対して、第三者に強い姿勢を見せることで、自らの恐れを隠すという習性があった。
 2002年9月、小泉と共に訪朝して戻ってくると、こうした科白は一切、安倍の口から上ることはなくなった。現地の実態を知って、本当に恐れがなくなったのだ。(p.228-229)



要するに、上記のような仕方で虚勢を張るということは、小心者・臆病者だということである。

もう一点、興味深いのは、安倍が北朝鮮を恐れなくなったらしいということだ。そうだとすれば、それは安倍は北朝鮮は脅威ではないと悟ったということだろう。
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