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アヴェスターにはこう書いている?
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豊下楢彦 『集団的自衛権とは何か』(その3)

例えば、軍事アナリストの小川和久は、2005年の著作『日本の戦争力』において、次のような分析を展開している。彼はまず在日米軍基地の実態について、神奈川県鶴見や佐世保などの燃料備蓄量をあげて、日本が「ペンタゴン(国防総省)最大のオイルターミナル」であること、佐世保の弾薬庫が「地球の半分をエリアに米海軍が置く最大の陸上弾薬庫」であること、あるいは嘉手納の弾薬庫を管理する米空軍中隊が「米軍で最大の弾薬整備中隊」であること、そして「世界最大最強の艦隊である米第七艦隊は、ほかならぬ日本がその全存在を支えている」ことなどを明らかにする。
 その上で在日米軍と自衛隊との関係について、「日本に展開するアメリカの空軍、海軍、海兵隊の航空機(戦闘機や攻撃機)のうち防空任務についているものは一機もありません」「在日米軍基地をテロやゲリラの攻撃から守るのは陸上自衛隊です」と指摘し、さらに海上自衛隊は日本のシーレーンを防衛しているだけではなく、「補給物資を運び込む米軍のシーレーンをも守っている」ことを強調するのである。
 つまり、小川の分析に従えば、在日米軍とその基地は、日本の防衛のためにあるのではなく、世界の半分をカバーする米軍の戦略展開のための最大拠点であり、むしろ自衛隊が米軍基地の防衛にあたっているのである。(p.119-120)



大雑把に言えば、在日米軍は、日本を守らず、日本を拠点として自衛隊を活用しながら活動しているってことになる。




問題は憲法改正だけではない。「第二のアーミテージ報告」では、日本がミサイル防衛に関する「特別予算」を増額することを「勧告」している。当面する計画を達成するだけでも、優に一兆円を突破すると言われる。PAC-3で「全土防衛」を行うためには、約500ヵ所に配備が必要とされており、その総額はかつて試算された30兆円をはるかに越えるであろう。文字通り「国家財政破綻してPAC-3残る」という事態である。
 ・・・(中略)・・・。たしかに、1980年代以来、ミサイル防衛の開発のために軍需産業などに投ぜられた約980億ドル(約11兆円)の“回収先”として、日本ほど相応しい国はないであろう。(p.131)



私もミサイル防衛は金食い虫であり、意味がないと何度も言ってきたとおりである。




ある「脅威」に対抗するために、米国が“手段”として利用した主体が新たな「脅威」として登場するという、「脅威の再生産」の構造にこそ、問題の本質があるのである。
 以上のような議論に対して直ちに加えられるであろう批判は、「敵の敵は友」という戦略・戦術はパワー・ポリティクスの常識ではないか、というものであろう。しかし、こうした批判は重大な誤りをはらんでいる。なぜなら、18世紀や19世紀のヨーロッパ国際政治の文脈においてならば成り立ったであろう戦略・戦術を、不安定きわまりない中東地域の独裁者であり侵略者である指導者に適用すれば、いかに破滅的な事態が生じることになるか、すでに事実が証明しているからである。(p.159)



この分析自体は目新しいものではない。アメリカは後に自国にとっての脅威となる相手を自ら育ててきたのだ。イラクやアルカイダがまさにそれであることは周知の事実だろう。

この分析と集団的自衛権とが深くかかわっているという指摘は、本書が示す重要な分析である。集団的自衛権は「敵」をどのように認識・識別するかということに関わる問題だからである。なぜなら集団的自衛権は「共通の敵」を前提する概念だからだ。

そして、アメリカは「敵の敵は友」の論理で次々と新たな脅威を再生産しながら、次々と敵と味方を変えていく。これは終わりのないプロセスのように思える。そのアメリカの「同盟国」である日本は、アメリカとは別個の独自の「敵を識別する能力や意思」を持たない。したがって、そのような日本が集団的自衛権の行使を認めることは、このアメリカによる「脅威の再生産」の構造の中に完全に取り込まれる(再生産に加担する)ことを意味する。自主的な判断ができない日本政府は、振り回されるだけ振り回された挙句、次々と負担を要請されることになる。そして、そこから脱出することも難しいだろう。

これが法的なレベルというよりも(国際)政治的なレベルにおける、日本が集団的自衛権を行使できることの問題点である。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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