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アヴェスターにはこう書いている?
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斯波義信 『東洋叢書9 中国都市史』(その2)

要するに、水運の発達した中国といっても、じつは水系ごとに並び立つ“大地域”の集合なのである。大地域はそれぞれに土地利用率の高い下流部のコアをもち、水源に向かい分水界に行くほど利用効率のうすい辺縁部をもつ。本土をこうして区画すれば、「北中国」「北西中国」「長江上流」「長江中流」「長江下流」「東南沿海」「嶺南」「雲南・貴州」の八“大地域”が浮かび上がる。この操作は繁雑に見えるかもしれないが、行政都市のシステムと自然的・経済的都市のシステムとを一望のもとに、また相関させて見ていくステップとしては欠かせないのだ。煎じ詰めれば、行政都市といえどもその生態的なベースは、いま述べたような条件に根をおろしているのである。(p.96-97)



西域やチベット、モンゴルなどはここに入っていないが、水系による区分という考え方は、中国の歴史を考える上で有用な地域区分だと思われる。

以前思ったことだが、これと同じことはフランスにも当てはまる。あの地域も水系によってかなりの地域差があるし、歴史的変遷を見ても、水系は一つの地域的なまとまりを形成している。

もう少し具体的に言えば、ロワール川、セーヌ川、ローヌ川、ジロンド川といった川が、それぞれの地域の盛衰と密接に関わっているらしいというのが、旅行前の事前調査と実際に行ってみて感じたことだった。

また、後段の「行政都市」も水系に根があるというのは、本書の基本的なメッセージとして、中国の都市は行政によって作られた面はそれほど大きくなく、より「下から」の動きで作られたものだとする主張があると思うが、それと深く関わる認識だろう。




 以上から帰納して、中国の都市生態の特色といってもよい二点がある。一つは官紳区と商工区の二核並立の構図であり、もう一つは商工中心区の立地が交通の要道との関係で決まってくるという点である。(p.131)



中国の都市を見るにあたって、簡潔で有用な図式だと思われる。2点目については中国に限った現象ではなく、むしろ一般的な現象だと思われるが、中国の都市は、行政文書からの情報が多いために、従来、どうしても行政の面から見られてきたため、あえて強調しているのであろう。




 大型汽船に向いた港湾としては今でも香港がトップランクを占めているが、上海はかろうじてこれに次いだ。黄浦江・長江ともに沙泥がたまるので、浚渫の手が抜けないからである。ただし上海は人口が過密で産業に富み、内地の水運や商業の集まる揚子江デルタにもっとも間近な海港だった。一方、この一帯で沙泥をまぬがれていたすぐれた帆船港は寧波であり、唐代末から1000年あまりもその名を内外に知られていた。寧波から上海へという海港都市の盛衰劇は、帆船から汽船へのシフトとまさに並行していたのである。中国が19、20世紀はじめに海洋と内河の汽船に開いた港は、結局、90の条約港と開場場、そして25の補給港にのぼったが、その実、集中的な外国商社の進出や外資投下の対象となった港は、香港・上海・漢口・天津などのごく限られた数であった。(p.183-184)



寧波から上海へのシフトが水運の技術と結びついているとするのは興味深い。上海の歴史がそれほど古くないことは、このことを念頭に置くとよくわかる。

後段の、集中的な外国商社の進出や外資投下の対象となった港はごく限られていたという指摘は、まさにスケールフリーネットワークのモデル、とりわけBAモデルを想起させる。

形としてはたくさんのところが開かれても、実際に使い勝手の良さは違っている。ごく僅かであれ、近隣の港より頭一つだけでも抜き出ていれば、そこに商社や資本のアクセスが集中し、ひとたび商社や資本が集まり出すと、そこには情報なども集まるなど新たなメリットが生じ、さらにそこが有利になっていく、という形で上昇的なスパイラルが生じるというわけだ。

こうしてハブとなった港が香港・上海・漢口・天津だというわけだ。

この「ちょっとでも他よりよければ、そこが一人勝ち的に人気を得る」というのは、ネットショッピングならアマゾンとか検索エンジンならグーグルに見られる現象であり、また、「市場を自由化」すると、似たようなことが起こることが多い。いわゆる「格差拡大」というのは――どのようなものの格差であれ――こうしたパターンで整理できることが結構多い。




歴史学、地理学、経済学、社会人類学の角度から、すでにいくつかのすぐれた業績が積まれて、理論化も試みられ、時事問題としても脚光を浴びているにもかかわらず、鎮・市の位置づけや歴史的な展望がまだ定まっていないとすれば、それはどこに問題があるのだろうか。思うにその原因は、鎮・市の展開があまりに中国独自であって、裏返せば世界に比較のモデルを見出しにくいことに尽きるだろう。(p.269)



この問題を克服するには、従来型の都市の理論モデルとの違いを明確化し、中国都市の「独自性」があるとすれば、それは何であるのかを明確にすること、その上で、その「独自性」なるものを描き出すところからはじめるべきだろう。

本書は、その重要な試論であるとはいえそうだ。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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