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アヴェスターにはこう書いている?
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古田真一、山名伸生、木島史雄 『中国の美術 見かた・考えかた』

考えてみれば、一般人が名家の自筆絵画を手軽にみることができるようになったのは、美術館という装置が普及してからのことで、さして古いことではない。絵画を見るためには、それを所有することが必要条件であった時代、絵画を「見る」ことは、現今のそれと同じ行為であったといえるであろうか?絵を描くことは、現在とどのように性格を異にしていたであろうか?また絵画にもっとも強く求められた働きは、何であったのか?(p.163)


いわゆる「西洋美術史」などでも「美術品」はもともと美術館にあったのではなくて、例えば教会の壁面についていたり、他のものとペアになって飾られていたものが、全くそうした本来の文脈と切り離されて展示されてしまうことに対する批判がなされる。

ここで言われていることも文脈の相違を考慮するという点ではほぼ同じなのだが、社会的文脈である点で、通俗的な美術館批判よりもさらに一歩、論を進めている。

科学史家・村上陽一郎の『科学史の逆遠近法』のように、認識しようとする時代に生きていた人たちの視点から発想することが歴史認識においては極めて重要である。

最近20年ほどの間にこうした認識は歴史に対してある程度学問的な関心を持ってきた人にとっては常識になっているのではないかと思う。しかし、近年、政治的な問題と歴史認識の問題が結び付けられることが多くなったが、その際には往々にして現在の権力闘争における利害関係の道具として歴史が利用されがちであるように思われる。そのような「歴史認識」は常に「現在から見た歴史」でしかありえず、せいぜい良くても「現在に通じるものとしての歴史」しか見えない。最悪の場合は、現在の権力闘争に都合のよい歴史観が捏造される。

ある時代のある場所の歴史が語られる場合、その歴史認識がどれだけ「その過去の時代の世界から見たものを示せているか」ということに着目すべきだろう。その意味で、ほぼすべての政治家が口から発する歴史認識は疑わしいと思われる。


 さて、再び、「藝術とはなにか」にもどって考えてみよう。
 ・・・(中略)・・・中国には、「詩文書画」あるいは「詩書画三絶」という言葉がある。・・・(中略)・・・「藝術」が「儒教的強要を身につけた人物」のものであるという意識の浸透が、この「詩書画」という三つの能力を結びつけることになったのである。
 ・・・(中略)・・・つまり、「絵はうまいが詩は作れない」人物は、「職人」であって、かれらが望んだ人物像ではない。・・・(中略)・・・
 つまり、中国においては、「絵画か藝術か」といったかたちでの問いは意味をなさない。あくまでもそこにあるのは「藝術家」だけなのである。したがって、「藝術とはなにか」という問いにたいしても、「藝術」という概念だけを「人間から切り離して」考えることをしなかった、あるいはする必要がなかった、という答えに帰着することになるのである。(p.169、強調は引用者)


これを読んだとき、ブルーノ・ラトゥール『科学が作られているとき』を想起した。こうした分野を抽象した思考ではなく、具体的な人の行為を追うことによって、ラトゥールは科学の営みを極めて巧みに描き出した。中国の芸術に対する考え方も実はそれと同じような「健全さ」を持っていたらしいということを知ったのは驚きだった。

純粋に美を追求したり、ただひたすらに自己表現を求める「芸術・美術」というものは、概ね18世紀頃の西欧(フランスの啓蒙思想)で確立・普及したのだろうと私は考えている。その意味で、こうした見方の方が特殊で、時間的にも空間的にも「ローカルな」ものであるという認識は私も以前から持っていた。この本の著者の上のような見解も「中国の芸術観」として一括してしまうことには疑問は呈したいが、それでも「美のイデア」や「芸術とは何か」といった本質主義的な発想から免れる発想が「中国」にはあり、それが河本英夫のオートポイエーシスにおける「作動」に近いところに着目しているらしいことは大変興味深いものがある。

本質主義的な「壁」をすり抜けて物事を適切に認識するには、「作動」のようなものを捉えるのが極めて有効なやり方だということについての確信を深めた。目下の課題は、それをどうやって自分のやり方として確立するか、である。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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