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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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エルンスト・カッシーラー 『啓蒙主義の哲学(下)』

歴史は汚れなき手で触れられなければならず、歴史叙述はいかなる信教もしくは政治上の党派性や偏見によっても歪曲されてはならない、とベールは倦まずくりかえして述べた。「歴史の諸法則に通暁している人間は必ずや誰もが、自分の課題を忠実に果たそうと思う歴史家は追従と中傷の精神とは完全に縁を切らなければならない、という教訓を承認するであろう。およそ歴史家は、いささかも激情に動かされなかったあのストアの賢人たちの心の状態を可能な限り身に付けなければならない。彼は真理についてのみ関心を寄せて、それ以外のすべてに無感覚とならなければならない。彼は自分が蒙った不正への憤怒や以前の恩義の記憶や、さらに祖国愛さえも、残らずそのために犠牲にしなければならない。歴史家は自分が特定の国に所属して特定の信仰で育てられたこと、誰それの人々に恩義を感じて誰と誰が自分の両親や友人である等々のことまでも全部忘却しなければならない。このような境遇の歴史家は、ちょうど両親も祖先ももたないメルキゼデクのようなものだ。お前はどこの出身なのかと人に問われたならば、歴史家は『自分はフランス人でもドイツ人でも、イギリス人でもスペイン人でもない。私は世界市民である。だから私は皇帝にもフランス国王にも仕えないで、もっぱら真理のみに奉仕する。真理の女神こそは、私が服従を誓った唯一の長上である』と答えなければならない」。
 このような準則、そしてそれを支えるこの倫理的命法によって、ベールは啓蒙主義の精神的指導者となった。彼は啓蒙主義の「世界市民的見地にもとづく普遍的歴史の理念」を先取りして、それに最初の古典的な範型を与えた。(p.27-28)



今の日本で跋扈しつつある「歴史修正主義者」たちが守るべき準則が明確に示されているのではなかろうか。

ベールの定式化は、認識論としてはやや不徹底な部分があるにせよ、歴史叙述を行う際に注意すべき実践的な準則としては承認できるものである、というのが私の評価である。
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