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アヴェスターにはこう書いている?
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小島朋之 『中国現代史 建国50年、検証と展望』

 しかし、「協調」外交だけが、中国外交ではない。長期的な歴史のなかの中華世界や中華帝国の意識、近代史のなかで奪われた領土、権益や国際的な威信などの「失地回復」を求める民族主義的な意識、さらには社会主義から共産主義への革命目標の達成をめざす指向などが重なり合って、中国の主導権がみえない既存秩序を打破して自らのイニシアチブにもとづく新しい世界秩序を確立することも、中国外交の目標でありつづけている。1985年に、小平は既存秩序を打破して「国際政治経済新秩序」を確立することを中国外交の目標として掲げた。中国の国益と国際的威信のためには、ときに「覇権主義」的とみられかねない強硬外交も辞さないのである。(p.26)



右よりの歴史叙述にありがちなパターン。すべてを「意識」に還元して説明するってヤツ。こうした説明は観念論であり、外交の実際の動きを説明するには甚だ不適切であると私は考える。

そもそも外交の手法に硬軟を使い分けるのはどこの政府でもやっている。覇権主義的に振舞うかそうしないかは、その国の政府がおかれている国際的な情勢、歴史的な経緯や国際世論の動向などを踏まえて判断されているのであって、誰のものかわからない「意識」を持ち出して「強硬外交」を説明しなければならないようなものではないはずである。

中国を脅威だと思っている日本の右派やネトウヨにとっては、上記のような説明はすんなりと受け入れられる言説だろうが、上記の言説を普遍化してみて、他の国の政府に当てはめてみれば、説明がどうもおかしいということに気づくだろう。

少なくとも立論に対する因果関係についての立証はできないし、そもそも立論の妥当性自体が問えない。例えば、K.R.ポパーの基準(これを絶対視するつもりはないにせよ)に照らしてみると、これは明らかに「非科学的な叙述」である。

上記の引用文について私見を述べれば、最初の一文と最後の一文だけがあればそれで十分であり、その間の説明文は一切不要である。その上で追加すべきなのは、特段「中国だから」強硬外交をするわけでもない、という一言であろう。




 1950年から53年の朝鮮戦争での米国との対決、69年の中ソ武力衝突、79年のベトナムに対する「自衛懲罰戦争」、そして90年代はじめのベトナムや東南アジア諸国と領有権をめぐって対立する西沙・南沙諸島の武力的な強制占拠、さらには96年3月の中華世界では史上はじめて元首を住民の直接選挙で選ぶ総統選挙にぶつけて強行された、台湾に向けたミサイル発射実験や上陸演習などに、それらはみられたのである。
 「全方位」協調と「威信」強硬の二重性は、今後も中国外交を規定していくであろう。(p.26-27)



これについては差し当たり、次のような疑問を呈するに留める。

80年以前の事例と90年代以降の事例は同列のものなのだろうか?
上記の事例、例えば朝鮮戦争は、「中華世界・中華帝国」という「意識」などに基づいて参戦されたものだろうか?もっと別の「利害関係」で説明すべきものではないだろうか?

この人の歴史叙述の主要な問題点については既に上で述べたから疑問はこの程度にしておく。




 1980年代に入ると、日米の資金や技術などの「供給力」と「吸収力」に加えて、成長したアジアNIESのそれも加えて、東南アジア諸国も高度成長の軌道に入った。とくに1985年のプラザ合意は円高基調をもたらし、日本はさらにアジア進出を加速し、アジアNIESも東南アジアへの進出を本格化した。その結果、タイ、マレーシア、インドネシアなど東南アジア諸国もかなりの高度成長を持続することになった。
 こうした日本からアジアNIESそしてASEANに経済発展の波が波及する現象は、「雁行型発展」の構造連鎖といわれる。1980年代末になって、中国に生起した「球籍危機」論争は、まさに東アジアの「雁行型発展」に触発されたものであり、こうした危機意識ゆえに中国はその構造連鎖への参入を加速させることになった。(p.134)



プラザ合意は(より正確には80年代末までにその体制から抜け出なかったことは)日本政府の政策としては大失敗であり、その後のバブル崩壊と90年代以降の財政破綻の最大の要因の一つとなっているワケだが、90年代の不況の際に、中国の製造業の発展による産業の「空洞化」が盛んに議論されていたことがあった。それはひとえに中国が「改革・開放」路線をさらに強調していったことと関係している。この路線を加速するに当たって、プラザ合意による東アジアへの経済波及効果(上記引用文では雁行型発展)が一役買ったというのは、日本の人びとにとってはさらに皮肉なことといえよう。数年前のとある論考に書いたことだが、80年代後半から90年代にかけて日本政府は二重三重に経済・財政政策を誤ったのである。

(21世紀の小泉政権以降の政策の過ちもそれに劣らず酷いものだが、これらは見る人が見ればすぐにわかる話だが、80~90年代の誤りは逆に誤りが見えにくいのが厄介だと私は思っている。)
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