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アヴェスターにはこう書いている?
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川本芳昭 『世界史リブレット61 中国史のなかの諸民族』

 現在の大同の雲崗や洛陽の龍門などに残る石窟寺院などからも明らかなように、北魏の時代には仏教が上は皇帝から下は一般民衆にいたるまで、広くまた熱狂的に信仰された。そうした盛行が生じた理由としては、魏晋時代以来の信仰の拡大、打ち続く戦乱、同様に仏教が信仰された漢人王朝南朝との対抗意識、シャーマニズム的信仰をその精神世界の基底にもつ鮮卑族などの胡族にとって法悦の境地を説く仏教が受け入れられやすかったことなど、さまざまな要因をあげることができる。
 しかし、そのなかのもっとも主要な要因の一つとして、仏教が中国の大地から生まれたものではなく、異国のインドにおいて生まれたものであり、その意味で仏教が非漢民族たる鮮卑などの五胡諸族にとって違和感のない宗教であったことがあげられる。
 つまり、国家さえもが仏教を厚く庇護し、膨大な費用を必要とする石窟寺院を建設することなどをつじてその拡大をはかった背景には、胡漢両勢力によって共通してあつく信仰される仏教をいわば護国の宗教として尊崇することが、非和解的民族集団をかかえこんだ多民族国家北魏にとって統治上、極めて有効であったという要因が存在したのである。(p.27-28)



集団を統治する際には、理論的というより情緒的な共感を形成するようなタイプのイデオロギーが必要である。現在、世界各地で(日本でも)見られるようなナショナリズムは、まさにそうしたイデオロギーのひとつなのであるが、仏教もまたそうした役割を担っていた時代と場所があったというわけだ。

そもそも、巨大な建造物というもの自体、広義の権力を示すものであるから、巨大な石窟寺院が権力と関連していることは自明の理ではある。しかし、外来の文化であるが故に、立場の異なる人々が共に受け入れやすい要素を持っていた、という点を指摘しているのは参考になった。
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