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アヴェスターにはこう書いている?
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黒田美代子 『商人たちの共和国 世界最古のスーク、アレッポ』(その2)

ともあれここでは、不思議なことに大資本に系列化された大型ストアーは成功しない。それはよくよく考えてみれば、スーク、つまりメディーネそのものが、商人の数ほど多くの共同出資になる、一大コンビニエンス・ストアーであるためかも知れないのである。(p.106)



コンビニというよりはデパートの方が近いかもしれない。コンビニは店舗が分散しているが、デパートは一箇所に集中している。スークも個々の商店が一つの場所に集中しているのだから、デパートの方が比喩としては近いだろう。

スーク自体がデパートみたいなものだというアイディア自体は、それほど間違っていないだろう。そして、伝統や慣行などの問題ではなく、先行して一大マーケットが既にあるからこそ、後発の大型ストアーは成功できないという側面があるのではなかろうか。ただ、後発であれそちらの資本がスークの資本を上回っており、品揃えなどの点で上回っていれば、逆転することは可能であるように思われる。

現在のU.A.E.やカタールのスークはほとんどデパートと区別がつかないようなものもあるように私には見えた。もちろん、これらの地域にも、古くからのスークも小奇麗になってはいるが残っているけれども、雰囲気としてはスークというより日本の商店街や台湾の夜市のようなものとも通じるものだと思う。少なくとも私がこれらの土地に行って見てきた限りではそう感じられた。イランやエジプトほどの「スーク特有の雑然とした感じ」は薄まっていたように思う。

こうした印象が上述の私の判断を支えているように思う。




 「最初は弟にも迷惑はかかるのでしょうが、アーディルの商売が減ることもないし、私も私で、軍人の給料よりは遥かに良いですからね。私たちの場合は兄弟ですが、スークでは先ず仲間同士でムシャーラカという共同事業をし、資産が貯るとそれぞれ独立していくのは当り前のことです。」
 確かにこれまで聞き及んだところでは、このようなケースが多い。機会があれば、なるべく多くの者に独立の自由を与える。多極化、個別化は、ここではごくありきたりの、当然のプリンシプルなのである。資本や取引高は、一極に集中、肥大しないで、いつも細胞分裂する傾向にある。基本単位はものではなく、ひとなのである。(p.130)



このムシャーラカという仕組みは極めて興味深い。このシステムは昔から続いているのだろうか?もしそうであれば、いわゆるヨーロッパ列強が中東やインドに進出してきたときに、なぜヨーロッパ勢力が優位に立つことができたのかということを説明する際、このシステムがある役割を果たしたのではないか、と推定することができる。

当時のヨーロッパは国民国家ないし主権国家の体制を作りながら、経済的にはそうした政治的な権力をも利用した大商社が大きな資本や多数の人間を動員して経済活動を行い、この経済活動から政治システムも税という形を通して補強を受けるという循環的な関係が成立してきた時代だったといえる。オランダやイギリスの東インド会社などをイメージすると分かりやすいだろう。

ヨーロッパ勢力がインドや中東を訪れるには、単にそれだけでも多大な資金や人材が必要になる。艦船は大型化し大砲の搭載も可能になった。平和の海であるインド洋ではそのようなものはなかった。

イスラーム世界では政府が私経済にそれほど強く干渉しなかったため、政治的な後ろ盾のありようもヨーロッパ列強とは異なっていた。これらのバランスによってヨーロッパの商社は軍事的な優位性を確保できた。

イスラーム世界の商業のシステムが本書の言うように多極的なものだとすれば、個々のアクターの力はそれほど大きくないが、スーク全体の経済活動は巨大であるという状態になっているはずである。スークにおいては遠隔地との交易はワキールが取り仕切っている。政府の後ろ盾を持っているため可能となった巨大な大砲つきの艦船の武力によって、これら個人単位のワキールたちをヨーロッパ商人が押さえてしまえば、そのワキールと交渉するすべての商人たちから少しずつの富を収奪することができる。

イスラームの経済が比較的分散型のネットワークであるからこそ、それらの個々のアクターよりも強力なアクター(ヨーロッパ勢力はちょうどこの時期、大砲などの武力で優っていた)は、たとえ数が少なくても、これらのネットワークに切り込みやすく、しかも、分散型ネットワークにもハブ的な存在があったため、そのハブ(ワキール)を押さえることによって、ネットワーク全体から富を収奪できるという関係が成立し、その積み重ねが中東やインドとヨーロッパの経済的地位の逆転に繋がっていったと見ることができないだろうか。

もしそうであるとすれば、ブローデルが説明したイギリスがインドの上に君臨したメカニズムとほとんど同じ論理で、中東もヨーロッパに優位な地位を譲り渡したと説明できるように思われる。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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