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アヴェスターにはこう書いている?
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星浩 『安倍政権の日本』(その2)

 図3-2は、05年総選挙時の朝日新聞の出口調査から自民党支持層が比例区でどこの政党に投票したかを聞いたものと、公明党支持者が選挙区で何党の候補に投票したかをたずねたものである。(単位は%)
 自民党支持者で比例区は公明党に投票したのは7%にすぎず、民主党に投票した13%よりも少なかった。これに対して、公明党支持者で選挙区の自民党候補に投票したのは74%に達している。すなわち、自民党支持者は公明党にあまり流れていなかったが、公明党支持者は、律儀に連立のパートナーに投票しているのである。公明党の得票数と重ね合わせれば、公明党支持者のうち650万ほどが自民党候補に投票して、自民党の勝利を支えたことが分かるのである。
 東大教授の蒲島郁夫らの分析によれば、05年総選挙の選挙区で当選した自民党の219人のうち、公明党の支持がなければ落選した可能性がある候補者は70人近くに達するという。自民党にとって、国政選挙を勝ち抜くには公明党の協力が欠かせなくなっているのである。(p.102-103)



この結果には素直にビックルを一気飲みした。

自民党支持者は公明党にはあまり入れないが、公明党支持者は自民党に入れまくっているという図式は、いかにも学会員らしい、という感じがする。しかし、それにしても219人の当選者のうち70人が落選していた可能性があるというのは驚異的だ。彼らが民主党に投票して70人の民主党議員が誕生していたとしたら、自民党149対民主党122になるのだから。




広井良典氏との対談。

広井 安倍氏がもし地方重視政策をとるのだとすると、商店街再生などを含んだ地方経済の復興、地域社会の再興といったことがイシューになると思うんですが、『美しい国へ』の中には、そういったことは何も書いていないですよね。(p.153)



安倍は地方重視政策などはとらないだろう。リップサービスで票だけは掠め取ろうとするだろうが。




広井 格差の問題に関しては、フロー(所得)の格差と同時にストックの格差が問題だと思います。社会の不平等を測る尺度として、ジニ係数があり、これは1に近づけば近づくほどその社会は不平等であるということを示し、0.5以上になると政策的手当てにより是正が必要と一般に言われているわけですが、2002(平成14)年に発表された1999(平成11)年全国消費実態調査(5年ごとに実施)によると、2人以上の一般世帯の収入のジニ係数というのは、0.301だったんですね。
 まだそれほど不平等ではないという見方ですね。
広井 しかし貯蓄のジニ係数をみると、これは0.542と、かなり大きい。また住宅・宅地資産におけるジニ係数は、0.577とさらに大きくなっている。収入というフロー面の格差も徐々に拡大していますが、それ以上に資産というストック面での格差が広がっていることが見てとれます。
 ・・・(中略)・・・
広井 「再チャレンジ」以前に、「チャレンジ」すらできない、チャレンジを保証する「機会の平等」が崩れてきていることが今の問題です。資産の不平等がこれだけ広がってしまうと、スタート地点からして恵まれている人と、恵まれていない人では違うところに立っている。相当のハンディキャップを背負っているわけです。(p.158-159)



所得の格差以上に資産の格差が大きく、人生のスタート地点から大きな不平等が存在している。それ故、再チャレンジどころかそもそもチャレンジすらできないという指摘は極めて重要である。

機会の平等が失われているのは、「結果の平等」がもたらしている、ということをもう少し強調すべきだろう。機会の平等を確保するということを隠れ蓑にして、結果の平等には配慮しないというのが、新自由主義を主張する勢力の言い分なのだから。

もう一度繰り返す。「結果の平等」というのは、事実上、ある時点での「状態の平等」である。平等とはいっても完全に同じ状態というのはありえないので相対的なものだが、この「状態の相対的な平等」が崩れていることが、そのまま「機会の不平等」になるのである。

再チャレンジどころかチャレンジすらできないのは、所得や資産の配分の不平等が原因であり、それを再配分することが政治のなすべきことである。




 それはありえますね。明確な政策論ではなく、アメーバ的な戦術論で、異論も取り込んでいく。昔、竹下元首相がよく言っていたことと近いかもしれません。「自民党は社会党の政策を5年遅れで実現すればいい」とか「改革をつぶすにはどうすればいいか。改革を実行してしまえばいい」とか。
広井 安倍氏の「開かれた保守主義」という言葉の陰には、そういう狙いが見える気がします。そうなると有権者が選択した政策が実行に移されるのではなく、一部の政治家と官僚が国民の見えないところで価値観や政策の選択をするという一種の「賢人政治」が続くということになってしまう。国民や市民が選挙を通じて選択するという形にならない。(p.162-163)



なるほど。これに次の点を付け加えておこう。

竹下は「改革を実行してしまえばいい」というが、安倍の場合は恐らく「改革を実行したようにみせればいい」というスタンスが近いだろう、ということだ。異論を取り入れてしまうのではなく、異論を取り入れたように見せかけるだけということが多いように思う。安倍晋三という人間の器量の小ささを考えれば、自ずとそういわざるをえないだろう。

その意味で、竹下などより遥かに悪質だといわざるをえない。民意とは別のところで個人的な思い入れだけで政策を実行していくのだから。




次は、李鐘元氏との対話における李氏の発言。

 もう一つ、安倍氏は政権公約で「日米同盟強化」を主張していますが、アメリカの、しかも特定の政策潮流にコミットし続けるリスクについては、あまり言及しません。アメリカのアジア政策というのは、必ずしもアジア地域の利益を考えて展開されているわけではない。やはり自国の国益が最優先なわけです。今はたまたまネオコンの影響力が強くて、強硬姿勢が前面に出ており、安倍さんの北朝鮮への姿勢もそれを背景にしていると思うのですが、アメリカは強硬姿勢以外にもいくつもオプションを持って行動している、そこを見なければならない。(p.177)



まったく同感である。強硬策を唱える人間というのは基本的にバカなので、そうした多様なオプションにまで頭が回らないようだが、政治家、それも首相を務めるような人間がそのような低レベルであっては困る。

最近の事例で言えば、北朝鮮への金融制裁解除などが強硬策以外のオプションと言える。

アメリカとの同盟関係は太平洋を挟んだ隣国であり、世界最大の経済および軍事大国なのだから、必要ではあるとしても、ある程度の距離を置いて日本側から牽制できる要素がある形にしなければならないはずである。「日米同盟強化」の内実は、アメリカ撤退の変わりに自衛隊を増強し、アメリカがイラクへの侵略のようなマネをしたときに、自衛隊を動員することに過ぎない。自衛隊の装備や人員を増強するために税金を払うわれわれには何の得にもならない。

アメリカ国内にも様々な意見がある。どう考えても一枚岩ではない。例えば、日本の再軍備に対しても積極的な勢力と慎重な勢力がいる。アメリカとの付き合い方は様々な角度から考えなければならず、昨今の日本政府のような、そのときのアメリカ政府からの要望をすべて丸呑みしていくようなやり方ではこの島国に未来はないだろう。
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こういう時にこそ、憲法をきっちり論じたい

先日来の年金問題と松岡前農水相の「自殺」問題で、参院選の争点から「憲法」問題が遠ざかりつつあるが、私は、こういう情勢だからこそ憲法をしっかり論じておかなければならないと思う。先日、明月さんのブログ 「反戦な家 きまぐれな日々【2007/06/12 21:54】