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アヴェスターにはこう書いている?
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星浩 『安倍政権の日本』(その1)

 今回の総裁選の経緯は第二章で詳述するが、安倍の有力な対抗馬とみられていた福田康夫が不出馬を決めた段階で、安倍の優位が確定的となったことは間違いない。その後は、谷垣、麻生の出身派閥以外の各派の多くが雪崩を打つように安倍支持に回り、無派閥議員も次々と安倍支持を表明した。
 この雪崩現象をもたらした最大の原因は、衆院の小選挙区制にあるように思える。96年以来、4回の総選挙が重ねられ、小選挙区制は定着してきた。自民党の選挙担当者によると、中選挙区制時代には自民党議員の6-7割は、順位は別として次の選挙で当選するのは間違いないと思っていたが、小選挙区制で当選確実と自信を持つ議員は全体の2割程度ではないかという。それだけ選挙が厳しくなり、国会議員の足元が不安定になっているのだ。
 その結果、議員たちは次の選挙を考えて、人気の高い総裁を期待する。(p.12)



この見解には私も同意する。そして、このことは議員の足元が不安定になってしまったことによって、各議員が自分と政策が近いかどうかといったことを合理的に考えて総裁を選ぶことができなくなった、という意味にもなる。

つまり、政策よりも「自分が当選する可能性を挙げてくれるイメージのよさ」を総裁に求めてしまったということだ。こうして選ばれた総裁が政策の方向性を決め、党議拘束などをかける。結果として、「政策本位」と口先で言われるのとは全く異なる状況が展開することになる。

しばしば政治評論家たちは最近の政治状況について政策本位になってきたなどと言うが、それに騙されてはならないだろう。

昨今の政治がまったく機能していない大きな原因はこの小選挙区制にあると私は考えている。比例代表制を中心とする制度に改めるか、または以前のような中選挙区制に戻すべきであろう。

なお、余談だが教師に対する免許更新制も、政治家に対する小選挙区制と同じような効果をもたらすものである、ということを付言しておこう。いずれも「生存競争」を激しくすることによって、各主体は「自分が生き残るための直接的な手段」が最優先される。その結果、彼らの地位が確保された上で本来なすべきことが疎かになる、と言っておこう。




 57%対43%。この数字は、05年の郵政総選挙で自民党と民主党の選挙区での得票数を比べたものである。議席数は自民219、民主52で、81%対19%に広がっている。一票差でも勝つという小選挙区の効果によって、得票数の差が議席数になると大きく広がるのである。自民党と民主党の得票差は14ポイント。この差を大きいと見るか、小さいと見るかは意見が分かれるが、100人中7人が投票行動を変えると、自民、民主両党が同率になると考えれば、そう大差ではないとも受け止められる。
 小泉自民党の圧勝といわれた郵政総選挙でさえ、7ポイントの変化で結果が大きく変わるとすれば、自民党の勝利は磐石だったとは言えないだろう。まして、この総選挙でも公明党・創価学会が自民党を全面支援していたから、自民党の自力はそれほど強まっていないともいえるのである。(p.35-36)



これは妥当な分析である。

郵政総選挙の結果とは裏腹に、自民党の弱体化は確実に進んでいる。それはそう遠くない未来に政界再編へと繋がるだろう。その際、それがどのような形でなされ、どのような勢力分布になるのかは、十分な予測が立たないが。

なお、憲法改正との関連で見ると、小選挙区制は改憲派に有利である。こうした雪崩現象で一挙に大多数の議席を取ることが可能になるから。その上、議席を取った後の議論は、上で引用した自民党の総裁選のように政策の中身を合理的に議論するのではなく、総裁の専制的な支配がまかり通るのだとすれば、政治の最小限の健全性すら担保されていないことになる。そのような状況で最も基本的な政治的枠組みである憲法の議論をするということ自体、極めて危険性を孕んでいると言える。




中選挙区は、各選挙区で複数の自民党候補が立候補して、しのぎを削る。それが派閥の根っこにあったのだが、すでに小選挙区の下で4度の総選挙が重ねられ、派閥のよって立つ基盤はなくなっている。(p.46)



小泉によって派閥政治からの脱却がなされたと巷では思われているが、彼は既に基盤を失っていたものに、引導を渡したに過ぎない。そして、ここでもその根源にあるのは選挙制度、すなわち小選挙区制である。

中選挙区制が派閥の基盤であったという認識は、自民党という政党を見る際に極めて重要である。以前メインブログに書いた「政治の市場化」というエントリーは、こうした視点を加えて深めていく必要があると感じている。

小選挙区制→派閥の弱体化→各議員の分断・個体化→党内の専制的支配(中枢部の権力の飛躍的かつ相対的な増大)

という流れである。

派閥が弱体化することによって、安倍政権のような個人的な人脈に基づく人事が容易になされてしまい、総裁の党内での権力が強化される。また、首相としても独断的な行為が可能となってくる。

その上、野党の議席は得票数の割に少なくなっている場合には、ほとんど民意の反映されない政治システムになっている。そして、これが現状であろう。




 もともと、福田が総裁選に出るかもしれないという話の震源地は小泉のいる首相官邸だった。郵政総選挙で圧勝し、総裁任期を一年残す小泉が死に体にならないためには、有力な対抗勢力が必要だった。小泉の靖国神社参拝を含むアジア外交を批判している福田は、対抗勢力にふさわしかった。(p.56-57)



なるほど。




 小泉は、米国のブッシュ大統領との個人的な信頼関係を築いて、日米同盟を固めた。それは、自民党内の基盤が必ずしも強固ではない小泉にとって、国内政治的にもプラスとなる判断であった。すなわち、自民には、きわ党内「傍流」の小泉にとっては、米国が全面支援していることが、国内政治のパワーゲームめて有益だったのである。
 その構図を熟知していた小泉は、就任早々、ブッシュ大統領の別荘キャンプ・デービッドに滞在し、親密な関係を演出した。さらに、01年9月の米国同時多発テロの直後には、ブッシュ大統領の判断を全面的に支持した。(p.98)



この事例は、アメリカとの関係は国内政治的な要因とも関連させて見ることも重要だということを示すものである。

この事例は、日本という地域の世界システム内における地位の低下を端的に示すものでもある。こうした外国勢力の後ろ盾を必要とするという事態は、諸外国、特にいわゆる発展途上国と言われるような地域では常態である。それゆえ、そうした地域ではデモクラシーの政体が持続することは困難なのである。

それと同じことが日本でも起きているというわけだ。こうした後ろ盾がなければ国内政治における政権の正当性を十分に確保できないという点では、「周辺」的な諸国の状況と変わらないということだから。このことは上のいくつかの引用文を使ってコメントしてこと、すなわち、議会制デモクラシーが機能しなくなっているという現状とも一致している。



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