FC2ブログ
アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

千葉芳夫 『ヴェーバーの迷宮 迷宮のヴェーバー』

 また、ヴェーバーの学問論を対話あるいは討議の理論として解釈できるかどうかも疑問である。むしろそれは、孤立した行為者に準拠するモノローグ的なものなのではないか。(p.45)


方法論的個人主義がヴェーバーの作品にはかなり貫徹していることを考えると、少なくともヴェーバーの作品はモノローグ的なものと捉えるのが妥当であろう。学問論についても、多くは方法論的な著作であることを考えれば、彼の方法論的個人主義を主張したり前提して議論が組み立てられていることから見ても同様であろう。

このモノローグ的な理論である点は、ヴェーバーの作品の最大の問題点の一つであると考える。

ヴェーバーの作品では、モノローグ的な論理構成を利用することによって、実証的なデータを十分に使わずに議論を組み立てることができている。これに対して、例えば、現代では行動経済学などでの知見が、ヴェーバー当時とは比較にならない水準で経済的な行為の理解を拡張している。行動経済学で示されてきた様々な規則に照らしながら読むと、ヴェーバーがプロ倫で描いた経済倫理に関する議論は十分な説得力を持たないように思われる。(具体的にこの視点からヴェーバー・テーゼを批判することは、少なくともヴェーバー研究としては何某かの新しさをもたらすものになるかも知れない。少なくとも本として出版されているものの中にはそのような視点で扱っているものを私は見たことはない。)



 彼の議論には奇妙とも思える対比が見られる。『政治論集』などに収められている時事的、政治的発言においては、彼は官僚や官僚制を激烈に批判している。しかし、「支配の社会学」や「支配の諸類型」では批判的な視点はあまり表面に現れてこない。(p.131)


確かにその通り。

スポンサーサイト




この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/1462-98e2825d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)