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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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小熊英二 『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』(その2)

石川島や三菱にかぎらず、日本の鉱業や製造業は、官営企業の払い下げが基礎を作った。
 そして官営企業は、民間への払い下げ以前から、官庁の三層構造と官等を採用していた。おそらく払い下げを受けた民間企業は、こうした官庁の組織編成を、アレンジしながら受けついだものと考えられる。(p.251)


日本で官庁の様々な仕組みが民間企業に広がっていた経路として納得できる。



財閥系企業は、同学歴で官庁に勤めた場合とほぼ同じ初任給を、高等教育卒業者に提示していたようである。(p.253)


人材の獲得競争などの観点からは当然の考え方と思われる。ここから想起されることとして、00年代頃に公務員バッシングが盛んだった頃、労働運動側が公務員の給与を引き下げるとその他の労働者の給与引き下げにもつながるという論を展開していたのをどこかで見たことが思い出された。確かに、給与引き下げをすることは様々な面から考えてプラスにならないし、正義にもなわないと私は当時から考えていたが、この議論にはイマイチ実感がわかないというか、どのような経路でそうなるのかが分からないとも思っていた。この個所を読んで、確かに初任給など公開して見えやすいところでは影響が出てもおかしくないかも知れない、とは思えた。



20世紀初頭のプロイセン一般行政官吏では、行政試補に採用された平均年齢は29.5歳、参事官に昇進したのは平均40.2歳であった。
 つまり高級官吏になるには、およそ40歳まで、何らかの手段で生計を確保しなければならなかった。親が資産家か貴族、あるいは資産家の娘を妻にするのでなければ、それは困難だった。(p.283)


この辺りの事情は、当時のドイツの大学教授になる場合とも似ている。(当時のドイツの大学教授は官吏だったはず。)



 戦前の人々にとって、徴兵は共通の体験だった。そうした社会では、軍隊用語だった「定限年齢」は、おなじく軍隊用語だった「現役」と同じく、受け入れられやすい概念だったと考えられる。(p.309)


「定年」と「現役」が軍隊用語だったとは、全く意識していなかった。確かに、本書が指摘しているように、昭和前半の時代について言えば、徴兵という共通経験はいろいろな面で社会のあり方に影響を与えていても不思議ではない。



企業別の混合組合は日本の文化的伝統などではなく、戦争と敗戦による職員の没落を背景として生まれたものだったのである。(p.361)


戦前の特権的階層であった「職員」が没落し、職員であっても工員と同じような生活苦を感じていたことによる一体感があったことが混合組合結成の背景の一つだったとする。



 それにくらべ、「能力」によって賃金を決めるという職能資格制度は、労働者の支持を得やすかった。なぜなら「能力」とは、どうにでも解釈できる言葉だったからである。(p.483-484)


これは60年代頃の話だが、この時期に限らずあてはまりそうである。



数学が得意でどの科目もこなせる者がまず「国立理系」を選び、その残余が「国立文系」「私立理系」を選び、そのまた残余が「私立文系」となるという消去法的選択をしていたのである。(p.508)


これは、80年代半ばの調査の結果についての分析。最近は、推薦入試がかなり増えたが、これによる変化はあるのだろうか?



 それにもかかわらず、この会社が「成果主義」を導入したのは、バブル期に大量入社した中堅層の賃金抑制が目的だったからだった。こうした「成果主義」の導入は、若手・中堅層の士気を低め、彼らの離職率が上昇した。さらに抑制された賃金を補うため、残業代を目的に職場に居残る社員が増え、かえって人件費は二割近く増加してしまった。(p.542)


これは90年代の富士通の事例だが、賃金抑制のための「成果主義」や「能力主義」の導入は、基本的にうまくいかないものと思われる。



 透明性を高めずに、年功賃金や長期雇用を廃止することはできない。なぜならこれらの慣行は、経営の裁量を抑えるルールとして、労働者側が達成したものだったからである。日本の労働者たちは、職務の明確化や人事の透明化による「職務の平等」を求めなかった代わりに、長期雇用や年功賃金による「社員の平等」を求めた。そこでは昇進・採用などにおける不透明さは、長期雇用や年功賃金のルールが守られている代償として、いわば取引として容認されていたのだ。(p.573-574)


なるほど。



 だが厚生労働省は、2019年4月末時点の「高プロ」適用者が、全国で一名だったと発表した。これを報じた新聞記事によると、労組の反対があっただけでなく、企業もこの制度を適用したがらなかった。その理由は、高プロを導入した企業には過労防止策の実施状況を報告する義務があり、労働基準監督署の監督が強まるからだったという。(p.574)


経営側はこれほどに透明化を嫌う、ということがわかる。高プロはデメリットだらけであるだけでなく、誰も欲していない制度であるならば、すぐに廃止すべきだろう。


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