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アヴェスターにはこう書いている?
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阿部泰尚 『保護者のための いじめ解決の教科書』(その1)

 文部科学省のガイドライン(平成25年「いじめの防止等のための基本的な方針<平成29年3月改定版>」でも、いじめ行為が少なくとも3カ月止んでおり、かつ被害児童生徒が心身の苦痛を感じていない場合にいじめの収束と判断するとしている。(p.35)


3カ月以上いじめ行為が止まっていることを確認するためには、だいたい一つの学期くらいの期間は様子を見続けなければならないということになる。



 通常、加害生徒の態度には大きな違いがある。このときもそうだったが、いちばん積極的にいじめていたリーダー格の生徒が、淡々としていて無表情であることが多い。リーダー格の子が泣きながら謝るケースもないことはないが、頻度でいえば、リーダー格の子が、いちばん感情がこもらない話し方をする
「謝罪の会」では基本的に加害者側の親の発言は求められない。加害生徒らが謝罪の言葉を言い終わると、今度は、被害者側のお母さんが発言した。
「謝罪は謝罪で聞きましたが、まだ本人(被害生徒)は若いですし、これで、いじめが行為として終わることを期待します。でも、この子の中ではまだ終わっていません
 この台詞は、実は、お母さんと私で事前に打ち合わせしたものだった。
「謝罪の会」は開かれたけれども、これですべてが終わったわけではないということを、しっかりと加害生徒側と学校に印象づけたかったのだ。……(中略)……。
 このときも、先生からお母さんに対し握手してはどうかと提案があったが、私は事前に、握手を求められたら断るようにとお母さんに伝えていた。被害を受けた子の心は癒えていないのだから、「謝罪の会」を学校にとって都合がいい「和解の会」にしてしまってはいけない。(p.38-39)


加害者のリーダー格の子は謝罪の際にもいちばん感情がこもらない言い方をするというのは興味深い。積極的に加害行為をしていたということは、より強く明確な悪意を持っていることが反映しているのかも知れない。または、一般的に被害を受けた人に対する感受性(共感能力)が弱い人間であるために、謝罪にも感情がこもらないのかもしれない(それゆえ共感能力が高い子どもよりも容易に他人に対して悪意を抱きやすいため、前者の理由に繋がっているのかも知れない)。あるいは、リーダー格の人間は加害者コミュニティの中での序列が高いため、コミュニティ内での序列が低い者がいるところでは、序列の低い者には弱いところを見せられないという力学が生じているのかもしれない。こうした事態に関する研究というものはどこかにあるのだろうか?

また、「謝罪の会」を学校にとって都合のいい「和解の会」にしてはならない、という指摘は被害者の視点から見て非常に重要であると思われる。



たとえば、わが子は3カ月前と今ではどう違うだろうか。半年前と比べるとどうだろう。子供は日々成長するものだが、その変化をあなたは正確にとらえることができているだろうか。子供のことをきちんと見ていない親が多すぎるというのが、ユース・ガーディアンでの事例から受ける私の印象だ。(p.90-91)


確かに、子どもの状態を日時を含めて詳細に変化をとらえられるほど、よく見ている親というのは少ないだろう。子供の年齢などによっても違いがあると思うが、子どもの世話をする必要がある比較的小さな子供について言えば、観察することよりも日々の必要を満たすために大きな労力を使ってしまうという要因があり得る。また、数カ月前の状態を覚えておくことが、今の子どもの必要にこたえるためにはそれほど頻繁には役立たないため、過ぎ去ったことについてはあまり記憶するインセンティブがないといったこともある。世話をせずに観察と記録に専念できるような人であれば、3カ月前と現在の変化を捉えることもできるかも知れないが、日常の世話をするという大仕事がある以上、なかなかそこまで理想的なことをできる人は多くないだろう。

とは言え、理想的な状態は容易ではないといしても、子どものことをきちんと見て状況や傾向を把握するということは重要だと思う。特にいじめにあっている疑いがあるのであればなおさらである。



 学校に行けなくなった子というのは、心を壺にたとえるなら、もうストレスでその壺が満杯になってあふれ出している状態になっている。ひとりで家に置いておくと、自傷行為が始まる危険性もある。自傷行為は馴れない子が行うと致命傷になることもあるので、子供が自宅にいる間は、どちらかの親が一緒にいてやることが望ましい。
 もちろん本人が、体調が悪いから学校に行かないという場合は、仮病の疑いがあったとしても、親は全面的に信じたふりをして病院に連れて行って検査をさせたほうがいい。本当に病気だという場合もありえる。検査の結果、なにも異常がなくても子供を咎めてはいけない
 学校を休むことで、子供は心のストレスを少しだけ減らすことができる。しかし今度は、本来は行くべき学校に行っていないという理由で、本人が無言のプレッシャーを感じるようになる。2、3日経てば、「嫌がらせをしてくる奴がいる」とか、「先生と折り合いが悪い」とか、行かない理由を語り出すかもしれない。(p.97)


不登校に対する親の基本的なスタンスがコンパクトにまとめられており参考になる。



「学校に行ったらいじめられるから、行きたくない。それはよろしい。分かったよ、行かないことはいい。が、勉強はしよう。学校にいなかければ成績が下がる。もちろん人間、学校の成績がすべてではないといっても、成績が下がれば、将来きみが困ることになる。いじめられて成績まで下げられてしまったのでは、たまったものではないではないか。そうだろう?」(p.98)


不登校の子に対する適切な助言。



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