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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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小泉武夫 『醤油・味噌・酢はすごい 三大発酵調味料と日本人』

 江戸末期、松前藩は蝦夷の地を幕府直轄とし、そこに居住する人たちは米、味噌などの生活物資を内地から輸送していた。その後明治時代に入ると政府は「北海道開拓使」を設置して蝦夷を北海道に改称した。そのため北海道には全国から屯田兵や開拓者が集まり、生活上、味噌は不可欠の必需品となった。そこで開拓使が明治4年(1871年)に札幌郡篠路村に味噌醤油醸造所を開設したのが北海道での味噌生産の始まりである。そして道内での開拓事業は全道に広がり、明治35年(1902年)には工場数30余、年間生産量は味噌74万貫、そしてその10年後は工場70余、味噌生産量200万貫に及んだ。以後は大正、昭和と人口が増え続けるのに従って味噌の生産は追い付かなくなり、船便で本州から運んでいた。今なお北海道には道内のあちこちに味噌屋があるが、日本一の大豆生産地として、むしろ全国の味噌屋に国産大豆を供給する重要な役割を担っている地となっている。(p.107-108)


北海道と味噌の関係。明治政府の官営工場の多くは成功しなかったといわれるが、この醤油味噌醸造所はどうだったのだろうか?


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