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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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ホブスン 『帝国主義論』(その5)

 すべての中で最も重要なのは、愛国心を装う帝国主義のために学校制度を把握しようとする執拗な試みである。その国の幼少年を捉えること、その自由な遊戯を単調無味な軍事教練に機械化すること、好戦性の野蛮な遺物を培養すること、虚偽の理想を偽英雄により、且つそれに伴い過去の真に生々とした高尚な教訓の軽侮と無視によって年少の頃の歴史の理解を毒すること人類の利益を「国」のそれに、(従ってまた安易な、年少の、自然の推理によって、「国」の利益を「自己」のそれに)従属させるところの「地球中心的な」道徳的宇宙観を確立すること、自信の通例最も旺盛な年頃において常に尊大な民族の自尊心を養うこと、そしてその必然的な含みとして他の民族を軽侮し、かくして謬った価値尺度と、外国の源泉から学ぶことを好まない心をもつ児童を世の中に送り出すこと――この卑しい島国根性的な精神と道徳を少国民に結びつけ、そしてそれを愛国心と呼ぶことは、考えられる限りにおいて教育の邪悪な悪用である。(下巻p.130)



これは安倍政権を批判するために書かれた文章ではない。紛れもなく100年以上前のイギリスで書かれた文章の翻訳である。翻訳も1952年になされたものであり、最近なされたわけではない。それにもかかわらず、完璧に安倍政権に対する批判になっている。

しばしば、安倍晋三やその政権に対して戦前に逆戻りしている、逆戻りさせようとしている、とする批判がある。これは日本の戦前という意味と言う狭い文脈で捉えるよりも、19世紀後半のような帝国主義の時代の政策を採用しようとしているという、より大きな文脈で捉えたほうが妥当だろう。

ネオリベもネオコンも、帝国主義の時代の政策に「ネオ」をつけただけであって、彼らの主張内容が新しいわけではない。彼らが否定しようとする対象が、時代と共に変わったにすぎない。(例えば、ネオリベは古いレッセ・フェールの主張と言っていることはほとんど同じだが、否定しようとする対象が、ケインズ主義に変わった点が「新しい」のである。)また、ナショナリズムの勃興もその時代を特徴づける兆候であった。もちろん、それが世界大戦を含めた戦争へと繋がっていったのは言うまでもない。




最も恐るべき危険は外国における純粋な産業的投資から起こるのではなく、これらの投資に基づいて金融業者によってなされる公債及び株式の取引からである。外国における天然資源もしくは産業に純真な利害関係をもっている人々は、その土地の平和と善き統治に対して少なくとも若干の実質的な関心をもっている。しかるに株式投機業者は何らそのような利害関係をもっていない。彼の関心は証券価格の変動にあり、その手段として政治的状態の動揺と不安定とが要求されるのである。(下巻p.297-297)



産業資本金融資本について、プラグマティックな観点から相違を抽出すると、この点に帰着するだろう。財界が国内の格差に冷淡なのも、こうした傾向と関連しているのではないか。例えば、物を作る業種であっても、国内で生産する必要はなく、どこの国でも好きなように選べるとするならば、その性質は金融資本にかなり近づくことになる。

とはいえ――余談だが――これらは完全に同じレベルにまでは達しないのが普通であるが。例えば、労賃が安くても教育水準が低いという問題が生じたり、工場の立地先で地元企業の雇用を奪うことで地域が衰退するという批判を受けるなど、産業活動には中長期的な活動が必要なので、瞬時にその土地を見捨てて立ち去ることが出来る金融資本とは全く同じと言うわけにはいかない。
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