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アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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橋本和也 『観光経験の人類学 みやげものとガイドの「ものがたり」をめぐって』(その3)

 1970年、城島高原の「猪の瀬戸」にゴルフ場建設計画が持ち上がった。これに対し、湿原の植物を守るために、旅館経営者たちが中心となって「由布院の自然を守る会」が結成され、建設を阻止した。「守る会」は、翌年には「明日の由布院を考える会」となり、その後「牛一頭牧場運動」「牛喰い絶叫大会」「辻馬車」「ゆふいん音楽祭」「湯布院映画祭」などの全国的に知られるイヴェントが創出された[吉田 2006: 130-131]。
 今日の湯布院発展の基礎を築いた伝説の三人のひとり、中谷健太郎氏の話によると、1970年に中谷、溝口薫平、志手康二の三人がドイツのバーデンヴァイラーを訪ね、滞在型の温泉保養所のあり方について勉強してきた。(p.161)


小樽運河保存運動とも共通性がある。地域のある種の資源が破壊されることの危機感を持つ市民たちが運動を起こしていく点やイベントの創出によってより広く人々の関心を集めるという戦術を使っている点、運動の中核的な考え方などを担っていく人々が当時のヨーロッパなどを見てきた点など、構図が極めて似ているのに驚かされる。



 こう比較してみると、外部資本が提供するものと湯布院産のものとの違いが歴然とする。「外部資本は「わかりやすい言葉」を遣う」といった観光協会の米田事務局長の説明がよくわかってくる。全国のどこにでもあり、どのようなものかがすぐに想像できる「酒まんじゅう」や「かすりの小物」がある。また「由布院創作工房」といいながら提供しているものはどこの観光地でも見かける「とんぼ玉」などである。「わかりやすい言葉」は、「すでによく知られているもの」を指し示し、新たな理解・発見を拒む言葉であった。
 それに比べて湯布院が提供するものは、地域の人の説明が「発見を誘う」言葉となっている。説明を受けてはじめて理解し納得する品物であり、外部資本のみやげもののように「よく知られている」がゆえにためらいなく手が出る品物ではない。地元の人からの説明によって、誰が作り、どんな味で、どう使うのかがイメージできるようになる。そしてそれでは是非買ってみようと手を出す品物である。ゆず・きんかん・かぼすなどはこの地域の特産である。各宿で地産地消を進めるために多少高くても使用している地域産の鶏であり、また「牛喰い絶叫大会」に使われる地元産の牛の「たんしお」であることなど、「まちづくりのものがたり」に導かれてはじめて手にとり、一度その味わいを知ると、リピーターとなる。地域の人々の「ものがたり」によって味わいを増す品物である。
「わかりやすい言葉」が「よく知られたもの」を確認し消費するだけの観光経験を提供するとしたら、「地域の言葉」は「旅における発見」を提供する。すなわち地域の人々が地域の言葉で語る「ものがたり」は、観光者を旅人に変換する契機となるといえよう。(p.167-168)


本書では「すでに知られたもの」を軽く見にいくのは「観光」であり、「新たな発見」をともなうのが「旅」とされている。この対比に外部資本による「わかりやすい言葉」と地元の人々による「地元の言葉」とが対応している。地元の言葉をいかに磨いていけるか、外部資本によるわかりやすい言葉をいかに減らしていけるか、これは地方の観光都市にとっては重要な課題かもしれない。



観光経験に過度の「真正さ」を求めることは問題である。観光は「(観光者にとっての)異郷において、よく知られているものを、ほんの少し、一時的な楽しみとして、売買すること」という特徴を持つ。(p.236)


著者による観光の定義は本書で何度も繰り返されるが、本書を読み進めていくと、これが「旅」や「フィールドワーク」のようなものと区別する定義であることがはっきりしてくる。観光ガイドという観点から見ると、ここでの「観光」の定義に、少しだけ何かを付け加えてやることができればガイドという役割はかなりうまく果たせたことになるのではないかと思う。



 観光者が求めるものは対象の「真正性」ではない。観光者は、観光経験を豊かなものにし思い出深い「真正なものがたり」にする地域の人々との出会いと、彼らの「真摯」な対応を求めているのである。(p.239)


上記の「付け加えてやる」ものの一つとして、これは重要であると思われる。個人的にはこうした真摯な対応によって、観光者の認識や知識や関心のあり方を揺さぶることができればよいと考える。

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