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アヴェスターにはこう書いている?
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橋本和也 『観光経験の人類学 みやげものとガイドの「ものがたり」をめぐって』(その1)

地域の人々が地域の文化資源について真摯に観光者に語りかけ、由来や製法について説明し提供する姿が、観光者の観光経験を豊かにするのである。そして第四章では、これまでの観光研究における「真正性」の議論を総括し、当初の客観的「真正性」に関する議論を乗り越えて、地元の人々が地域文化資源を提供するときの誠実な姿勢・真摯な姿勢が、人と人との「実存的な」かかわりのなかでの間主観的な「真正性」にたどり着く可能性について論じていく。観光者は地元の人々が地域文化資源を提供する真摯な姿にひかれる。そこに観光経験を豊かにし、通り過ぎるだけの「カンコー」を地元の人々を「発見」し地元の人々と出会う「旅」に転換させる契機が存在することを指摘するつもりである。(p.22)


単なる「もの」を見たり買ったりするというだけでなく、それを見せたり売ったりする側の人々が、いかに誠実に真摯に見せていくか、語っていくか、そのことが観光する側の人の経験を豊かにしていく、単なる観光から「旅」へと転換させていく、そうした考え方は実感として納得がいく。翻って、自分が友人たちなどをガイドする際の姿勢としても、参考にし得る。



参考までにアンダーソンたちの1993年の調査では、若い観光者は「ユニークさやオリジナリティ」に注目し、年配者は「文化的・歴史的真正性」に注目していることが報告されていた。また経験の浅い観光者は「ユニークさ」に真正性を求め、経験の豊富な観光者は「誠実さ」に真正性を求めるという結果が出た。(p.38)


この調査結果は、自分の旅行経験に照らしても、実感としてわかるように思う。



この女性がこのバッグを忘れられないのは、作り方や仕事ぶり、苦労などを全部知っており、皮製の取っ手を額にあてて、ココナッツなどをはじめ何でも背中に背負う姿を見てきたからである。高価な品物ではなくても、その品にまつわる「ものがたり」が重要であり、その語りが思い出深いみやげものを構成しているのである[Anderson and Littrell 1995:340]。(p.44)


土産物に限らず、単に観光地を見るという場合でも、そこに至るまでそれなりに苦労をした経験や辿り着くまでにした失敗や事件などがあると、その旅が思い出深いものとなる。人との関係について言えば、確かに誠実さや真摯さというものは、それだけではないようにも思うが、大きな要素だと思われる。(自分の経験で言えば、例えば、イスタンブールで人をだまそうとしている客引きが大勢いたが、それをうまくかわすことができたことや当時のものすごいインフレを利用して釣銭を少なく渡されたといった経験なども思い出深い経験になりうる。良い思い出になるとは限らないが…。)



「ご当地キティ」は1998年に北海道限定で「ラベンダーキティ」として売り出されたのが最初であった。(p.64)


そうだったのか。確かに新千歳空港で00年前後に見かけたように思う。当時はそれも比較的物珍しい感じだったかも知れない。それと比べると、今はこれと同じような形のご当地キャラが氾濫していると感じさせられる。



みやげものを介して観光経験が「ものがたられる」ときには、購入した所有者の現時点の自己について語られ、過去の観光経験が再編成・再構築されているのである。それは、みやげものを手放すときを想定してみれば明確になる。残すに値しないと判断された品物は、保有者がそれにまつわる「ものがたり」を忘れているか、思い出すに値しないと判断したものである。(p.78)


なるほど。この点は、観光の土産物に限らず、例えば音楽のライブのグッズなどのような記念品全般に当てはまるように思う。さらに言えば、コレクションしている品物など、何らかの思い入れを持って保有している物品についても同様のことが言えるように思われる。

それは自らを語るための媒体となるものであり、その「ものがたり」がその時点での自分にとって意味がある限り、保有しておこうとする。これを拡張すると、次のように言うこともできるかもしれない。「物持ちがいい」人にとって、それらの物は現時点では語るほどの物語がないとしても、物語を語りうる可能性があると感じられているために捨てられないという面もあるのかもしれない。


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