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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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酒井充子 『台湾人生 かつて日本人だった人たちを訪ねて』

 ビルマに着いて一年が過ぎたころ、内務班の軍曹が、めしあげ当番の台湾人がすぐに食器を下げなかったことを理由にビンタで制裁を始めたんです。……(中略)……。しかも「このチャンコロが」とののしりながら。ぼくは我慢できなかった。
 その晩、いったん就寝しましたが、蚊帳から飛び出して行って、たまたま居合わせた日本人の上官に向かって「なにがチャンコロだ。同じように死を覚悟して来ている者に向かって」とまくし立てたんです。その上官は中年の補充兵で、穏やかな人でした。「まあ落ち着け」と、ぼくをなだめてくれました。
 軍曹が、ぼくたちにチャンコロと言ったのは、本当に悔しかったですよ。涙が出ました。当時、台湾は植民地だから不平等な待遇を受けていて、戦場に出て兵隊さんと一緒になれば平等になると思っていただけに、そのひと言は永遠に忘れられません。むろんぼくたちは小さかったから、将校たちにはかわいがってもらっていました。
 ただ、この軍曹だけは一生忘れません。このひと言。今でもまだ悔しくて。同じように国のために出ているのにどうして、と。
 確かにぼくたちは血統的には違うけど、国を思う、国を守る心は同じですよ。日本人以上の日本人だとぼくは信じておりますよ。軍隊から逃亡したりする人たちもあったけど、わたしとしてはそういうことは絶対やりません。桜の花みたいに散っていく、そういう決意で出ていっているんですから。
 それを言われたぼくとしては本当に悔しかったですよ。わたしの一生の深い傷だと思いますね。チャンコロと言ったら、清の国の奴隷。ぼくたちは何代か過ぎてるんですよ。教育も環境も全部日本人のように仕立てられてきたんですから、チャンコロというのは、すごい侮辱です。(p.84-86)


当時は高砂族と呼ばれていた台湾原住民を巡る差別の実態と、当の原住民が戦争に参加するに際しての思い(日本人と同じように命を懸けて戦場に立つことで平等になれるとの思い)が印象的に語られている。話者の悔しさがひしひしと感じられる点でも印象的な箇所の一つ。



でもね、たったひとつ、政府から「過去の台湾の軍人軍属のみなさん、ごくろうさんでした。ありがとうございました」、そのひと言がぼくはほしいんですよ。それを願っとるんですよ。どうしてひと言だけでももらえないかと。年金ももらっていない。日本人だけにしかやれないそうです。
 なんでこんなにまで見捨てられてしまうかと、これがわたしはほんとに悔しいです。政府としてはなにひとつしてくれていない。国のために死を覚悟してぼくたちは志願して行ったんですよ。何も自分のためで、なんのごほうびがあるからといってそこに行ったわけじゃないですよ。だから、ぼくはすごく、政府に対しては了解できません。
 いつも口癖のように言いますけど、日本のみなさんには親しみを感じますよ。たしかに昔のぼくたちの同胞だと。ぼくはいまで支那人だと、そういう観念がないです。毛頭ないです。まだ日本人だというふうにね、生きてきましたよ。(p.96-97)


こうした思いは本書で随所で語られている。皇民化教育を受けた日本語世代に共通する思いではないかと思われる。



 わたしの見方では、戦後来た大陸の人たちは、台湾を治めるという気持ちはなかった。台湾はおれたちが制圧した戦利品だから、という気持ちで台湾に来ておって。なんでも金になるものは、自分たちのもんだという考えで来たわけだ。だから来た人たちは文化的に法というものを守っていません。おれらが制圧したところだから、何でも全部取れると。だから摩擦が毎日あるわけ。わたしから見たら文化衝突だ。もうひとつは文化よりも心の思い。台湾を統治する、という思いがない。法を守って統治しているんじゃない。(p.103-104)


法治主義や法の支配は大陸中国では現在でもあまり通用していないが、近代的な思想の普及の程度が台湾と大陸では違っていたことが、こうした見方が出てくる要因の一つだろう。



台湾の日本語世代が「自分はいまでも日本人」というとき、彼らは、日本統治下の台湾で、自分を日本人と強く意識しなければ日本人でいられなかったのだということを思う。(p.236)


この指摘は日本語世代の台湾人のアイデンティティ形成にとって非常に重要なポイントの一つと思われる。

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