FC2ブログ
アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

矢内原忠雄 『日本精神と平和国家』

太平洋戦争を始めたときに、八紘を宇となすとか大東亜共栄圏とか東亜の諸民族の解放とか、さういふことが言はれたのでありません。あれは戦争遂行上政治工作が必要となった時に始めて言はれたことです。あとから附加へた理窟です。(p.49)


ここで指摘されている視点は、これらの言葉が当時どのような意図をもって、あるいはどのような効果を狙って言われたのか、という点を考えるときにポイントとなる要所である。



 も一つ、朝鮮とか臺灣とかに於ける日本の政策を見れば、共栄圏理念の不明瞭・不徹底がわかる。大東亜共栄圏の理念をなぜ朝鮮臺灣に適用しなかったか。朝鮮とか臺灣に於ては神社参拝を強要したり、創氏改姓と言ひまして姓名を日本流に改めさせる。又朝鮮語臺灣語の使用を禁ずるやうなことをした。最も著しくありましたのは、国民学校や中等学校の生徒を利用しまして、創氏改姓や神社参拝を家庭に強要したのであります。姓を変へて来ない子供は学校に入れてやらない。又は明日から学校に来なくてもよい。さういふことを言って、家庭の日本化を強要し、それが日本精神だと為したのです。ところがフィリッピンやビルマに対しては、それぞれの地方の民族を解放し、その生活の自主性を尊重することが日本精神だと言った。八紘為宇の国策と言っても、さういふ矛盾した政策が行はれたのであります。
 太平洋戦争は聖戦だといふことが高調せられたのでありますが、宣長が聖人の教を批評した論法を用ひますれば、私心から出た戦争であったから特に聖戦と言ったのだ。軍官民一致といふことが繰返して言はれたのは、軍官民離反の事実があったからだ。(p.50)


フィリピンやビルマを解放すると言っても、せいぜい当時の朝鮮や台湾が解放された程度にしか「解放」されないであろう、とも言える。実際には、そもそも「解放」と呼ぶべきかどうかということが問題になるだろう。朝鮮や台湾に対する日本の統治は全否定されるべきものではないが、現地の人々に対する差別があったという点は押さえておくべきである。

後段の考え方は、現在の社会の言説を見る際にも使える見方である。例えば、「働き方改革」とは「使用者側にとってより使いやすい働かせ方の実現」という目的を隠すための呼び名である。現代の論法は単純に逆のことを言うというより、別のところに意味や意図を隠蔽しながら発せられている分だけ質が悪いが。



平和国家といふものは利益問題であるか義務の問題であるか、といふことであるのです。(p.87)


この観点は重要と思われる。ともすると、利益問題の側に引き込まれやすいが故に特に重要である。平和国家は(少なくとも主として)義務の問題であり、利益の問題でも事実の問題でもない、という理解は重要と思われる。それはあるべき状態であり目指すべき状態である。

スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/1340-3fd59e5a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)