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アヴェスターにはこう書いている?
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ホブスン 『帝国主義論』(その2)

 侵略的帝国主義は納税者には甚だ高価につき、製造業者及び貿易業者には甚だ価値が少なく、国民にとっては甚だ重大な測り知れない危険を孕むものであるが、投資家にとっては大きな利得の源泉であって、彼は自己の資本のため有利な用途を国内に見つけることが出来ず、従って彼の政府が彼を援助して有利且つ安全な投資を国外になさしむべきであると、主張するのである。(上巻p.106-107)



帝国主義の原動力が主として金融的でないことも亦真である。金融はむしろ帝国主義的機関車の運転手であって、力を指導し、その働きを決定するもののである。それは機関車の燃料を構成せず、又直接に力を生み出しもしない。金融は政治家、軍人、博愛家、並びに貿易業者が生み出す愛国的諸力を操作するのである。(上巻p.111)



帝国主義は「一部の人」の利益にしかならず、それ以外の人々はそこから被害を受ける。




大金融業者が「高等政治」において行使する直接的影響力は、彼らが新聞を通じて輿論に及ぼす支配によって支持されるのであり、あらゆる「文明」国において新聞はますます彼らの従順な手足となりつつある。特殊な財界新聞が「事実」と「意見」とを事業家階級に押しつけると同時に、一方では新聞全体がますます金融業者の意識的もしくは無意識的な支配下に入る。南アフリカの新聞の代理人及び通信員がイギリス国内で戦争熱を煽り立てたが、この新聞は南アフリカの金融業者側の公然たる所有にかかるものであった。輿論を製造するために新聞を所有するというこの政策は、ヨーロッパの大都市においてはありふれたことである。ベルリン、ウィーン及びパリにおいては、有力新聞の多くは金融業者によって所有されてきた。彼らがこれを利用したのは、それから直接の利潤を挙げることが主たる目的ではなくて、いろいろの信念と感情を民衆の心に植え、それによって公の政策に影響し、その効果を金融市場に現させるためであった。・・・(中略)・・・。一方において、新聞がその事業利潤を全く広告欄に依存していることが、組織された金融階級に反対することを特に躊躇させる。それは多くの広告業務の支配が金融業者の手にあるからである。(上巻p.112-113)



100年前に行われたメディア批判である。現在の日本でもメディアへの批判が高まっていることと通じている。




 以上が帝国主義を助長するところの、はっきりした経済的諸勢力の陣容である。・・・(中略)・・・
 これら諸勢力の活動は、公然とは現れない。彼らは本質的に愛国心の寄生者であって、その保護色に順応している。(上巻p.113)



こちらは昨今の日本で「愛国主義」「国家主義」の声が高まっていることとパラレル。帝国主義を推進する勢力は、このエネルギーを「運転手」として利用するわけである。




十九世紀の最後の三十年間において我が国に対し諸外国の敵対が増大したことは、全くその期間の侵略的帝国主義によるものと見なしてよいだろう。従って軍事費の増大は、事業の貸借対照表上、その政策の費用として掲げることが至当だろう。(p.118)



20世紀最後の10年間以降、アメリカに対する諸外国の敵対が増大したことは、全くその期間の侵略的帝国主義によるものと見なしてよいだろう。従って、軍事費の増大は、事業の貸借対照表上、その政策の費用として掲げることが至当だろう。

これからは日本も「諸外国の敵対」が増大するだろう。そうなれば、軍事費の増大と言うコストがかかるだろう。財政破綻がどうのといわれているのに、そんなことしてる余力があるのかね?

愛国主義者や国家主義者、つまり、「愛国心」は大事だと思っている人は、そのコストについてどう思っているのだろうか?消費税を増税して軍事費に回しながら、その増税分を財政赤字の補填に回すことができなくても良いって?

その上、増税が「消費税」になるということもホブスンは指摘している。(なお、私は増税は法人税と所得税の累進性を上げることが必要だと考えている。その上で、軍事費のような余分な支出を抑えることも必要だと考えている。)

 しかしながら帝国主義財政の最も明らかな意義は、経費の側ではなくて、租税の側に現れる。私的利得のために国庫を利用するところの経済的諸勢力の目的は、もし彼らが先ずその金庫を満たすべき貨幣をみつけなければならないのだとすれば、大部分は挫折する。租税の直接の負担を彼等自身の肩から他の階級又は子孫に転嫁することは、自己防衛の当然の政策である。
 健全な租税政策は、国家歳入の全部もしくは主要部分を土地価格の不労増価及び特殊事業の利潤から引き出すだろう。これらの事業は、激烈な競争から彼らを庇護する何らかの法律上もしくは経済上の保護によって、高率の利子或は利潤を収めることができるのである。右のような租税は所得の不労部分にふりかかるものであるから、最も容易に負担せられ、何らの撹乱をも産業に惹き起こさないだろう。しかしながら、これは正に、かの帝国主義の経済的根底を構成するところの諸要素に対する課税を意味するであろう。・・・(中略)・・・。従って、健全な租税制度は病弊の根源そのものを打つだろう
 一方において、もしも資本家的帝国主義の諸勢力が公然と租税の重荷を民衆の肩に転嫁するとしたら、民衆政治の形態の下ではかように高価な政策を運用することは困難であろう。民衆に負担させなければならない。しかし彼らが負担していること、もしくはどれほど負担しているかを、彼らに知らせてはならない且つその負担を出来るだけ長期にわたらせねばならないのである。
 ・・・(中略)・・・。帝国主義はそれ故、何処でも間接的課税の方法を取るのである。その理由は主に便宜上からではなく、隠蔽の目的からである。(上巻p.155-157)



この箇所はここ20年ほどの日本の租税論議にあまりにも当てはまりすぎていて、ビックルを一気飲みしてしまったほどである。

それに、消費税の導入以降の消費税による歳入増と、それと同期間における法人税の減税による歳入減とは、ほぼ同じ額なのだが、それもまさにホブスンの議論と附合する。

帝国主義は間接税を志向する。それも多数の人々の目を欺いて、負担を民衆に押し付け、そうやって作った公的資金を利用して一部の投資家、資本家が得をするために
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