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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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三浦英之 『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』(その2)

「私はこんな風に考えています」と山室は私に言った。「私たちはもっと正しくかつての『日本』の姿を知る必要があるのではないかということです。日本や日本人はどうしても自国の近代史を『日本列島の近代史』として捉えがちです。1895年以降、日本は台湾を領有し、朝鮮を併合し、満州などを支配した。それらが一体となって構成されていたのが近代の日本の姿だったのに、日本人は戦後、日本列島だけの『日本列島史』に執着するあまり、植民地に対する反省や総括をこれまで十分にしてこなかった。日本人の植民地認識は近代の日本認識におけるある種の忘れ物なんです。そして、そんな『日本』という特殊な国の歴史のなかで、台湾、朝鮮、満州という問題が極度に集約されていたのが建国大学という教育機関だった、というのが私の認識であり、位置づけでもあります。政府が掲げる矛盾に満ちた五族協和を強引に実践する過程において、当時の日本人学生たちは初めて自分たちがやっていることのおかしさに気づくんです。そういうことを気づける空間は当時の日本にはほとんどなかったし、だから、それを満州で『実験』できていた意味は、当時としては我々が考える以上に大きいことではあった――」
「でも、失敗した」
「ええ、もちろん。彼らは必然的に失敗しました」と山室は言った。「私が満州国を研究していて強く思うのは、そこには善意でやっていた人が実に多かったということなのです。それがどうして歴史のなかで曲がっていくのだろうか、その失敗を私たちは歴史のなかから学び直さなければならない。来るべき時代に同じ轍を踏んでしまうことになりかねないからです。人々が当時どのように悩み、なぜ失敗していったのか。今は建国大学を構想した石原莞爾についてもかなり批判的な人が多いけれども、石原もやはり悩みながら、そして失敗していった人だと思います。意図と結果。それを丁寧にたどっていかないと、満州をめぐる一連の問題は決して捉えることができないのです。」
 私が必死にメモを取っている姿を見て、山室は少しだけ話のスピードを遅くしてくれた。
日本が過去の歴史を正しく把握することができなかった理由の一つに、多くの当事者たちがこれまで公の場で思うように発言できなかったという事実があります。終戦直後から1980年代にかけて、満州における加害的な事実が洪水のように報道されたことにより、もっと当事者たちの声が聞かれていたら、満州国への認識なんかも変わったのではないかなと私は今思っています。もっとバランスの取れた歴史認識ができたんじゃないかと。それがようやく今になって、いくつかの証言が得られるようになってきました。私はよく学生たちに次のような表現で教えています。『歴史がせり上がってくるには時間が必要なのだ』と。歴史を客観的にみるためには相応の時間が必要なのです。だからといって、ただ時間の経過だけを待っていると、事実は確実に歴史の闇に埋もれていってしまう。今、メディアが必死になってかつての戦争経験者にマイクを向けていますが、あれは理にかなっているんです。人は亡くなる前に何かを残そうとする。自らの生きた証をこのまま歴史の闇に葬ってしまいたくないと。彼らは今、必死に残したがっているんです」(p.306-308)


いずれも妥当。

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