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アヴェスターにはこう書いている?
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三浦英之 『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』(その1)

 在職中、百々が若い学生たちに常に言い続けていた言葉がある。

企業で直接役に立つようなことは、給料をもらいながらやれ。大学で学費を払って勉強するのは、すぐには役に立たないかもしれないが、いつか必ず我が身を支えてくれる教養だ――》

「建国大学は徹底した『教養主義』でね」と百々は学生に語りかけるような口調で私に言った。「在学時には私も『こんな知識が社会で役に立つもんか』といぶかしく思っていたが、実際に鉄砲玉が飛び交う戦場や大陸の冷たい監獄にぶち込まれていたとき、私の精神を何度も救ってくれたのは紛れもなく、あのとき大学で身につけた教養だった。歌や詩や哲学というものは、実際の社会ではあまり役に立たないかもしれないが、人が人生で絶望しそうになったとき、人を悲しみの淵から救い出し、目の前の道を示してくれる。難点は、それを身につけるためにはとても時間がかかるということだよ。だから、私はそれを身につけることができる大学という場所を愛していたし、人生の一時期を大学で過ごせるということがいかに素晴らしく、貴重であるのかということを学生に伝えたかったんだ……」(p.101-102)


百々氏の主張に共感する。この人の経験はヤスパースを想起させる。限界状況を生き抜くにあたって哲学のようなものにも人を救う力がある。

余談だが、大学というものがこうしたかけがえのない場たり得るということを思うからこそ、大学全入時代などと呼ばれ、大学と名の付くだけの「教育機関もどき」に、金だけを払って無試験で入学する多数の「生徒」たち――「学生」未満の者という意味でここではこう呼んでおく――がいるという現状には強い違和感を覚えている。



 当局がどのようにして我々の会話を聞いていたのかについては知る由もなかったが、彼らが何に反応したのかは明確だった。
 「長春包囲戦」である。
 楊が建国大学における地下活動の実態や日本軍から受けた拷問について話していたときにはまったく何事もなかった喫茶ルームでの雰囲気が、楊が共産党軍の「長春包囲戦」について触れた瞬間に大きく波打ち、すべてを押し流してしまったように私には感じられた。
 共産党政府にとって利益になる事象については存分に取材させ、不都合な事実については徹底的に隠蔽する。それが彼らのやり方なのだということは訪中前から熟知していたが、日本ではそのような介入を一度も経験したことのない私はやはり、激しく動揺し、混乱した。(p.137-138)


中国での取材での出来事。内戦の時に共産党が国民党が支配していた長春を包囲し、兵糧攻めで多くの餓死者を出した長春包囲戦。このことに会話が及ぶと取材に妨害が入り、それ以上の取材ができなくなってしまった。共産党が当時の中国人30万人を餓死させたこと、その中でも一部の人には便宜を図っていたことなどは確かに共産党にとっては都合が悪いだろう。

こうしたことを発言することすら許さないということは、中国共産党はそれを悪いこと(少なくとも一般に悪いとされていること)だと認識していることがわかる。さらに、そのことを反省する姿勢を示していない。都合の悪い事実を隠蔽しなければならないということは、それだけ権力の基盤が脆弱だということを認識しているということでもあるのだろう。

同じことは日本の安倍政権にも言える。安倍政権が政策を説明するとき、常に嘘やごまかしが見られる。やろうとしていることが本当は悪いこと(少なくとも一般に良くないとされていること)であることを認識しているからごまかしが必要になる。都合の悪い事実を隠蔽しなければならないといことは、それだけ権力の基盤が脆弱だということを認識しているということでもある。だからこそ、マスコミを恫喝・威嚇したり、個別の曲ごとに出演したりして自分に反対しない飼いならしているのだ。



 1924年、ソ連が事実上、自国防衛の衛星国家として「モンゴル人民共和国」を誕生させると、日本もそのソ連の政策を滑稽なほど真似するように、1932年、対ソ連の防波堤として中国東北部に「満州国」を成立させた。(p.181)


モンゴル人民共和国と満州国の類似性!興味深い。満鉄もソ連の鉄道を参考にしていたことから言っても、満州国もソ連のやり方を参考にしていたことはありそうなことだと思える。



当時はね、軍隊の知識がなければ、政治など何一つ語ることができなったのです。(p.183)


軍隊に入るため建国大学で政治学を学んだというダシニャム氏の発言より引用。確かに日中戦争当時のキナ臭い国際情勢の下では軍事と政治は現在より密接に関係していたとしても不思議はない。だから、このような認識の者がいたとしても不思議はない。



満州国は日本政府が捏造した紛れもない傀儡国家でしたが、建国大学で学んだ学生たちは真剣にそこで五族協和の実現を目指そうとしていた。私が建国大学を振り返るときに、真っ先に思い出されるのはそういうところです。みんな若くて、本当に取っ組み合いながら真剣に議論をした。我々に足りないものは何か、我々は何を学べばいいのか。私は朝鮮民族でしたから、他の同窓生とはちょっと感想が違っているかもしれませんが、日本人学生たちはいかに日本が満州をリードして五族協和を成功させるのかについて熱くなっていたような気がします。中国人学生は、満州はもともと中国のものなのに、なぜ日本が中心となって満州国を作るのか、という批判が常に先に立っていました。その点、朝鮮人学生たちは最も純真な意味で、五族協和を目指していたと言えるのかもしれません。もともと満州には朝鮮民族が沢山住んでいましたし、かつては朝鮮民族の土地でもありました。当時、日本はアジアで最も力を持った強国でしたし、ソ連や欧州などの影響を考えた場合、日本の力を無視することなどできなかった。だから、我々は心から――本当の意味での――五族協和を目指したのです。(p.220-221)


建国大学は学生たちの生活、学びという点で見ると、なかなか良い大学だったようだ。それは本書の随所から感じられる。

満州の土地で五族協和という理念は確かにリアリティを持ちうるものだったのかもしれない。日本側と中国側の見方を相対化しつつ、朝鮮側の見方として語られている見方にはそれなりの説得力がある。ただ、満州国における五族協和は、本書でも指摘されていたと思うが、結局は日本による支配を前提していた、つまり、五族が平等ではなく、その中の一つだけを特権的な立場に置くことを前提しながら、その事実を糊塗するように平等な五族協和を謳っていた点で矛盾があり、破綻せざるを得なかったと言えるだろう。


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