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アヴェスターにはこう書いている?
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西村幸夫、埒正浩 編著 『証言・町並み保存』(その1)
西村幸夫 「「町並み保存運動」由来記――日本において「町並み保存」はどのようにして生まれたか」より

 つまり妻籠と同じような危機的な状況におかれた町並みにおいて、同時多発的に危機に目覚めた人々が出現し始めたんである。そして、町並みの危機自体が仲間の応援を要請し、それがさらなる町並み保存のネットワークにつながった。それだけでなく、町並み保存の論拠を確固としたものにするために都市計画の制度や各種事業の仕組みを学ばなければならず、そのことが町並み保存運動の深化をうながすという予期せぬ効果もあった。(p.16-17)


市民運動ないし社会運動が学びと共にあることは、町並み保存運動の特徴の一つであると思う。

ただ、市民運動とか社会運動は一般的に言ってに、そもそも学びと共になければ持続していくことが難しいものなのではないか、という気がしてきた。運動はまずは知ることから始まるし、問題を解決するためにも様々な知識に基づいて解決策を考えていかなければならないのだから。



 欧米先進国では町並み保存の仕組みは、詳細な地区計画や都市計画の中に制度として組み入れられている。そして、保存をめぐる住民の声も民主的な手続きによって都市計画へ反映させることが形式上可能となっている。したがって、町並み保存を推進しようとするグループの主張は、個別の民間運動というかたちをとるよりも、都市計画の手続きの中で意見を表明し、計画や政策へ反映させるというプロセスを取ることが一般的である。
 対する日本は、こうした都市計画制度の発達がいま一歩であり(形式上は整っていたとしても、効果的に機能しているかどうかは疑問である場合が多い)、住民の町並み保存の<おもい>はいきおい単発の運動として発現せざるを得ないということになる。
 つまり、日本の町並み保存において運動的側面が強いというのは、都市計画の制度が未熟で硬直化しているために住民の意向を汲んだ臨機応変の対応が困難であることに起因していることが少なくない(もちろん、妻籠のように都市計画以前の過疎問題が深刻だというところもあるので、一概には言えないが)。
 他方、興味深いことに、日本の都市計画が制度上の問題を孕んでいるというまさにそのことのために、日本の町並み保存運動は困難な合意形成というプロセスそのものに運動団体として取り組まなければならないことになり、結果的に柔軟な合意形成を地道に達成する能力を鍛えられていくことになったのである。(p.20-21)



制度に頼れないことから市民運動が発達してきたこと自体は悪いことではないが、安定性や持続性に欠ける。特に制度化を進めることは重要である。

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