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アヴェスターにはこう書いている?
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丸川哲史 『台湾ナショナリズム 東アジア近代のアポリア』(その3)

朝鮮戦争は、台湾における中華民国の事実上の主権状態が成立した起点でもあり、それがなければ、今日私たちが知る台湾はあり得ていない。台湾は大陸から派遣された解放軍によって「解放」されていた可能性が高いのである。その意味で、朝鮮戦争という出来事は、台湾においてタブー視されている。(p.94)


朝鮮戦争によってアメリカが台湾を西側に組み入れることにしたため、国民党は台湾で生き延びることができた。国民党にとっては触れられたくない事実であることは確かだろう。ただ、現在は当時の国民党の政権とは異なる状況になっている。現在においてもタブー視が継続しているのだろうか。それとも過去にタブー視された期間が長かったため、多くの人々にその重要性が忘却されてしまい、誰も(多くの人が)「論じることができない状況になっているのだろうか。この辺りは気になるところである。



 本書は、大陸中国内部の政治・経済状況について深い分析と洞察を展開する任を持たないので、天安門事件にかかわる原因について深くは触れられないが、この事件は、大陸中国国内では改革開放政策の挫折と認識されるものであった。その背景には、都市における市場経済の導入によって国有財産が民間に転化される際、多くの政府関係者がそれを私物化する不正行為が現れ、また国有経済と市場経済の価格・給与の二重化によって、都市生活者に不安と焦燥を与えていた事態があった。市民たちは、学生が主張した「民主化」や「表現の自由」というスローガンには乗ったものの、大きな意味での不満の種は、それら改革開放の都市への適用の失敗に由来するものだった。
 しかし台湾や、日本も含めた西側のメディアでは、経済政策的な側面からの説明ではなく、西側「民主主義」の基準から、共産党の一党独裁を批判する、という態度を採った。ちょうどその頃台湾では、徐々に直接選挙制度による政治決定(議会政治)のルートが整備されつつあった。その意味で、この天安門事件は、民主主義的制度が整いつつある台湾、そしてそのような制度とは無縁な大陸中国、という二元論的な認識の構図を形成することとなった。これ自体を誤ったものとは認定できないものの、こうした単純化された構図によって大陸中国で発生する現象全てが裁断される傾向が生まれ、台湾における大陸中国認識についてマイナス面が形作られるようになった。(p.98-99)


確かに、天安門事件に関して日本で語られるときは、現在でも民主化されていない一党独裁の下では、国家権力によりいかに悪事がなされるか、といった文脈で語られている。このこと自体は確かに間違ってはいない。しかし、なぜ中国の人々が政府(共産党)に対して抗議や要求をしたのか、ということまで考えに入れれば、本書が指摘するように改革開放の都市への適用の失敗が要因となって起こった事件であると捉えるのが妥当であろう。この事件について語るときは、忘れられがちな点をしっかりと念頭に置きながら語るべきであろう。



そこで、サンフランシスコ講和条約の発効の日付、1952年4月28日をもって、日華平和条約が締結されることになった。……(中略)……。
 ……(中略)……。条約を取り交わしたことで、初めて正式な二ヵ国間外交関係が発生し、東アジアにおける中華民国(台湾)の安定的位置が定まった、との見方も可能となる。
 中華民国は、元より米国と外交関係を持っていたが、台湾に移った後の体制による関係の構築という点では、後の米華相互防衛条約の締結を待たねばならなかった。日華平和条約は、台湾に居を移した中華民国体制にとっては、逸早き援助となった。日華平和条約は、戦後補償の点から実質的な賠償請求の取り下げというマイナス面があり、日本が放棄した領土の帰属先を明確にできなかったとはいえども、台湾において中華民国が存続するためには、是非とも必要な契機だったのである。(p.132-133)


なるほど。賠償請求をしないことにしたのは、そうしてまで締結したいだけの理由が中華民国(国民党)側にはあった、ということか。少なくとも、戦後数年間の国民党が置かれた状況というのは、それほどまでに不安定なものであったという点は理解しておく価値があるかもしれない。



 最後に、陳水扁(前)総統が自身の家族も含め不正な金脈を蓄積したという疑惑が第二期の任期の途中より深まり、馬英九の総統当選の後、正式に司法当局によって逮捕・起訴された事態について若干補っておきたい。この出来事は、民進党支持者に大きな衝撃を与えることになったが、実はそれだけではなかった。と言うのは、第二期目の選挙において、疑惑の「銃撃事件」が介在したことにも起因するのであるが、選挙万能論に対する反省が生じたからである。後期の陳水扁は、台湾メディアにおいて、「民選皇帝」とも呼ばれていたが、選挙で当選したならば何でも可能となるその権力振りに対して、党派の立場を超えて不信感が広がっていた
 ……(中略)……。国政レベルでの選挙制度が完成していることが、これまで大陸中国の政治と自分たちとを分かつ大きなメルクマールとして台湾の民主主義的優位を象徴していたわけであるが、それへの疑義が僅かながらも生じるようになったのである。(p.161-162)


選挙に当選後、そのことを不当に利用して強権を行使する権力者たちが、日本でも00年代以降、散見される。

安倍政権でも、森友学園問題や加計学園問題はそのような動きが隠れて行われていることが明らかになった事例と言える(安倍政権は隠蔽と虚偽とごまかしを重ねることによって非を認めようとはしていないが、出てきた証拠に基づいてみれば、何が起こっていたのかの概要は誰の目にも明らかだろう)。これらは中国の官僚がその地位を利用して私腹を肥やすのと大差ない行いであるが、安倍政権に関して言わなければならないのは、合意を得る努力をせずに(正直に話をすれば多数の同意を得られないと分かっているが故に本当のことを語らないようにしてごまかし続けるという事例を含む)数の力だけで通した法案がいくつもある。特定秘密保護法然り、共謀罪法(これは「テロ等準備罪」というごまかしを含むネーミングで印象操作をしている)然り、集団的自衛権の行使容認(これも「平和安全法制」などというピントの外れた印象操作ネーミングを政府は使っているようだ)然り、また、特定の方向に回答を持っていくように作った調査を行い、それに基づき「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」などという印象操作を行おうとしたことが暴かれてしまったため、裁量労働制の部分は取り下げたが、労働者は誰も望んでいないに等しい「高プロ」(このネーミング自体も印象操作であって、実際には「労働時間等に関する規定の適用除外」と言うのが正しい)を導入する働き方改革法然り。

他にもいろいろと自治体の(元)首長などで指摘したい者たちがいるが、それを書くことが本題ではないので今回は割愛する。いずれも白紙委任を受けたかの如く振舞うのは誤った振る舞いであると理解すべきであり、制度的にこの誤りを防止するような仕組みが必要だと思われる。

なお、本書によると台湾には選挙万能論への反省が出てきたというが、日本ではまだまだこうした反省の機運は弱いように思う。やはり日本よりも台湾の方が民主主義や共和主義に対する人々の感度は高いように思う。

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