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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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ウォルター・ミシェル 『マシュマロ・テスト 成功する子・しない子』

赤ん坊がどれだけ愛情をこめて優しく育てられたか、あるいは、どれだけ残酷で冷淡な仕打ちを受け、放置されたり虐待されたりしたかは、子どもの脳に刻みつけられ、子どもの将来を左右する。赤ん坊のストレスレベルが慢性的に高い状態にならないようにし、安心で安全を感じられるように緊密で温かい愛着の形成を促すことが決定的に重要だ。(p.72)


ストレスレベルが慢性的に高くならないということは、赤ん坊の時に限らず重要であると思われる。



人生の最初の六年間における子どもの経験は、衝動を調整し、克己心を発揮し、情動の表現をコントロールし、共感や気配り、良心を発達させる能力のおおもとになる。(p.75)


しばしば3歳児までの育て方が大事だと言われ、それに対して「3歳児神話」などとして批判するような言説もある。幼少期の育て方が人生に及ぼす影響を絶対化するようであれば行き過ぎということにはなるだろうが、本書のここでも指摘されているようにやはり幼少期にどのような経験をするかということが重要なものであることは否定することは難しいのではないかと思う。



すなわち、幼児を過剰にコントロールする親は、子どもが自制のスキルを発達させるのを妨げる危険を冒しているのであり、一方、問題解決を試みる際の自主性を支え、奨励する親は、子どもが保育園から帰ってきて、どうやってマシュマロを二個手に入れたかを嬉々として聞かせてくれる可能性を、おそらく最大化しているのだろう。(p.78)


過剰にコントロールすることと問題解決の自主性を支えること。言葉で書くと反対のことのように見えるかもしれないが、実際には、過干渉にならないようにしながら、望ましい方向へと方向づけていくというのが子育ての難しさの一つではないかと思う。



誠実さや正直さ、攻撃性、社交性といった特性はそれぞれ、一貫した表れ方をする。だがそれは、特定の種類の状況下にだけ当てはまる一貫性だ。……(中略)……。したがって私たちは、人が将来しそうなことを理解したり予想したりしたければ、その人がどういう状況で誠実だったり、愛想が良かったりするか、あるいはそうではないかを見てみる必要がある。(p.122-123)


この辺りは、説得力があるというか、漠然と認識していたことをより明確にしてくれたように思う。テレビのワイドショーなどで事件などを取り上げるとき、犯人の人柄などについて近隣の住人にインタビューをして、「あんな真面目な人がどうしてこんなことを…」などというようなありきたりのコメントを垂れ流すような場面がある。私はこのようなものを見せられるとき、いつもここで本書が書いているようなことを感じていた。ストレスを特に感じたりしないような場面で関わりの深くない人に見せる言動とそれとはまったく違う場面での言動とが同じだと言える根拠なんてないだろう、と。また、仕事の場面では課題に対して非常に真面目に取り組むのに、仕事以外の交友関係や異性関係や寝食などの生活態度などとなると非常にだらしない行動を示す人というのもいる。人を評価する際は、一つの場面だけを見て判断してはいけない。

本書で述べられていることは、これよりさらに一歩先にまで及んでいるのがすごいところだ。ある人がどの場面でどのような行動をするのかという傾向が分かれば、その人の行動を予想して、善い方向へと誘導することができる。



その出来事が終わってから、しばらく待ってじっくり考えさえすれば、すべてうまくいく。心理的な免疫系が一生懸命働いてくれるので、私たちは過去を振り返り、その旅行は行くだけのことはあった、その催しは出席の仕甲斐があった、論文は書く価値があった、家族での外出も全体とすれば絆を強める良い経験だったと思える。(p.162)


大野哲也は『旅を生きる人びと バックパッカーの人類学』において、バックパッカーたちが自身の旅を振り返り、自己成長の物語を形作っていくことについて指摘しているが、バックパッカーたちがしていることは、まさにこの引用文で述べらえていることであるのが興味深い。



 全体として、対人関係でのネガティブな体験について考えるときに自発的に自分と距離を置いた人はそうしなかった人と比べて、軋轢を解消するために建設的な問題解決の戦略を使う傾向が強かった。いちばん興味深かったのは、次の点だ。あまり自分と距離を置けない人々も、パートナーが彼らに対してネガティブにも敵対的にもならないかぎり、仲たがいしたときにより望ましいかたちで対処できたが、パートナーが現に敵対的になると、存分にやり返し、敵意を激しくエスカレートさせた。あまり自分と距離を置けない人ととてもネガティブなパートナーという組み合わせは、二人の関係の将来を害しかねないような、敵意をエスカレートさせる定式となったのだ。(p.184-185)


こうした距離をとる能力は、私の場合、ウェーバーのWertfreiheitを自分なりに実践していくことによって、それ以前より伸ばすことができたと感じている。

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