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アヴェスターにはこう書いている?
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河本英夫 『オートポイエーシスの拡張』(その1)

革命が生じるためには、一挙にすべてが変っていくような、全体性が前提される。(p.101)


これはT.クーンによって提唱された科学革命に対する批判として書かれた文である。

しかし、これは知識論、科学論の分野や精神の領域に限られた話ではなく、社会問題や政治、経済にも適用できる。特に90年代末頃から「構造改革」という言葉が政治の世界で流通しているが、まさにこの言葉は上記のような「全体性」をひそかに前提した言葉である。

「構造改革」を唱える論者は、「何がどのような構造なのか」をはっきり言うことはない。しかし、何か固定して硬直的な「構造」が社会に存在するということを前提している。そして、その「構造」を一挙に変えることを目論む。

しかし、河本英夫がオートポイエーシスとして提示しているシステムは、そうした全体性を前提しない。連続的に変化し、それ自体の境界をその都度区切っていく行為によって持続的に形成されるものであり、そうしたシステムが様々にカップリングしながら作動し続けているものであろう。

ブルーノ・ラトゥールが科学・技術と社会(STS)という分野での古典的名著SCIENCE IN ACTION(邦訳『科学が作られているとき』)で描き出した科学者の世界もまさにそうしたものであった。

つまり、社会というのはコミュニケーション行為の連鎖としてその都度「自己」を形成しているシステムなのである。その都度、境界を区切り自己を作り直しているシステムには「はじめに前提されるべき全体」はありえない。

「構造改革」によって全体が一挙に変るということはないのである。

(なお、オートポイエーシスにもメタモルフォーゼの機構は残されているが、それは意図してなされるようなものではなく、気づいていたら新しいものができて変っていた、という類のものであるようだ。)
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