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アヴェスターにはこう書いている?
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堀川三郎 『町並み保存運動の論理と帰結 小樽運河問題の社会学的分析』(その4)

 筆者はまず基礎的作業として、当該地区の最南端にある「オルゴール堂」前交差点に接する一角の22筆の土地について歴史的変遷のデータを蒐集した(図6-6、図6-7)。……(中略)……。これにより、1889(明治22)年から1990年代までの一応の土地所有関係が把握されたことになる。……(中略)……。

 表6-13から直ちに読み取れることは、地区内の土地所有が、個人から法人所有へと変化してきているということだ。現在のところ、地区内22筆は、ほとんどすべて、法人所有である(cf. 表6-14の網掛部分)。
 つぎに個人から法人へと所有権が移転した時期を見てみるならば、1920年代にひとつのピークがあり、もう一つは1940年代から60年代にかけてである。個人経営の小型商店や問屋の土地が、銀行や大きな法人の所有へと移転したことによるものと思われる。地元有力企業・北一硝子は、22筆中、実に11筆を所有するにいたっている。……(中略)……。
 今度は、土地所有を地元/外部と区分けして集計すると、上と同様、地区の80%以上は地元企業によって所有されている(地元18筆、外部2筆、小樽市所有2筆)。法人所有化の内実は、地元資本への集約化だったのである。
 しかし、筆者の定点観測調査の際に、あるいはインタビュー調査の際に頻繁に聞かれる嘆き――堺町は、もう、私たち市民のものではなくなってしまった、あそこで稼いでいるのは札幌や東京の外部資本だ――は、このデータと矛盾するのではないか。……(中略)……。
 真実と異なる物語が、いわば犯さざるべき聖なる物語として信じられているという意味で、これはまさに神話である。だから、ここでは「堺町外部資本神話」と呼ぶことにしよう(堀川, 2013a)。(p.355-357)


興味深い考察。ただ、いわゆるメルヘン交差点に接する一角の土地だけの事実を見て語っている点だけは気になるというかもったいない。せっかく「土地の8割は市内資本が所有し、その上で商売を営む業者の半分は、市内資本なのだ」(p.362)という意外性のある事実を明らかにしているのだから、これを上記の狭い範囲の土地だけでなく、せめて堺町通りのメルヘン交差点から妙見川周辺までの区間全体について事実を調べてほしかった。そこまで調べなければ筆者の議論は一般化できないように思う。



福留は、安村(2006)の「まちの物語」という概念を援用して、小樽における「まちの物語」――「ドミナント・ストーリー」と言い換えてもよい――は、今の小樽は「運河戦争」を経てもたらされたのであり、その「景観を守る市民」の努力によって現在の活況がある、という物語であるという(堀川・深谷編, 2012:68)。だから、小樽の歴史性を顧慮しない店舗デザインや商売の仕方、小樽とは無関係な商品構成などは、「まちの物語」に反するマイナー・ストーリーである。いかにマイナーではあっても、ドミナント・ストーリーに従わないこと自体が重大な違反と見なされ、ゆえに「外部」と名指しされて「市民」カテゴリーから排除されていく。(p.362)


興味深い見方。



 筆者は、福留仮説を受容した上で、「負担と利益考量」仮説を補足的に追加することで、この神話は読み解けるのではないかと考える。「負担と利益考量」仮説は、別言すれば「フリーライダー」仮説といえよう。それは、今日の観光都市・小樽の形成に寄与したか否かが、外部/内部を分ける基準になっているのではないか、というものだ。
 アイディアの核心は、保存運動やその後のまちづくり、あるいは観光開発に係わらず(つまり労力を割いていないにも係わらず)、堺町に出店して利益を得ている者たちが、「外部」と認識されているのではないか、という点にある。(p.362-363)


こちらも興味深いが、私の見るところでは、筆者が追加した要素は、「運河戦争」に深く関わった運動家の目線から見た評価が込められた判断基準であると思われる。逆に言えば、運動を積極的にリードしていた人々以外の一般市民(や運河戦争以後に生まれた世代)は、むしろこうした見方はしそうにないように思われる。一般の市民にとっては福留仮説の方が(行為者ではなく)観察者からの目線での評価となっている点で親和性が高いように思われる。



 年間900万人とも言われる小樽市の観光入り込み数は、他の経営戦略を考慮したり、市場のニッチをねらうインセンティヴを吹き飛ばして余りある。団体観光客の滞在時間の短さと一回限りの観光という現実を踏まえれば、目の前をそぞろ歩く大量の観光客は、今すぐに利益を得るべき巨大な市場である。長期的な戦略や地域社会における信用といったものとは無縁に、目前の観光客に訴求し、立ち寄ってほんの一品を買って貰えればよいということになる。そうした店舗――筆者の調査から、そうした店舗は変化の激しかった堺町に集中的に立地している――にとっての最重要課題は、建物の歴史性や真性性(オーセンティシティ)、あるいは取扱品目のそれなどではなく、観光客に対して、いかに「観光客向け施設である」ということを示しうるか、である。彼らの店舗は一般の民家と間違われてはいけないし、ごく普通の日常生活品を扱う店舗に間違われてもいけない。なぜなら、それらは日常に属するものであって、非日常としての観光旅行とは無縁なもの、無縁でなければならないものだからである。わざわざ出かけた観光地で、自分の住まいの近辺にあるものを買っても意味はない。むしろそうしたものを探し、買うこと自体から距離を取ることが、観光行動の本質のひとつであろう(Urry, 1990=1995)。他所に出かけて、その場にしかない珍しいものを買う――ここにこそ観光の原形が見出される。観光は非日常なのだ。であるからこそ、小樽堺町に立地する店舗は、わかりやすい典型的な形態をもって“非日常であること”を示し、観光の対象であることを、観光客に瞬時に知らしめねばならないのだ。900万人の闖入者たちと近隣店舗の一成功例がもたらす圧力は、だから、大量の観光入り込みのある地域における合理的な経営戦略として選択されたものといわねばならないだろう。こうして、固有の歴史を持つ歴史的環境を観光客向けに売り込もうとすることが、どこの観光地にもあるような、最も画一的な店舗づくりを結果している、という先に説明したパラドクスを産み出すことになる。(p.367)


歴史的な景観を守る戦いをした結果、堺町や運河周辺の景観が「観光地としての画一性」の方向へと変化していく。



 現在の小樽は、このように「運河戦争」の教訓をいかに引き継ぎながら、人口減少と町並みの喪失に対処していくかが問われている段階にあると言えるだろう。(p.378)


町並みの喪失も人口減少も静かに進行していくが故に、運河保存運動よりも市民運動の対象としてはより解決が難しいものであると思われる。明確な敵はおらず、政治や行政との対立の構図では決して解くことができない。むしろ、政治や行政の持つ影響力をどれだけ民主的にコントロールして役割を果たさせるかが問われる。(もちろん、公的領域だけでなく、私企業などの果たす役割も重要だ。)


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