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アヴェスターにはこう書いている?
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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堀川三郎 『町並み保存運動の論理と帰結 小樽運河問題の社会学的分析』(その3)

 したがって、一見すると単なる地元若者のイベントに見えるこの企画には、「反政治」「反学生運動」、そして「反ビジネス」という3つのメンタリティーに裏打ちされていただけでなく、運河を保存することから小樽を再生させようとする彼らの運動理念が巧妙に仕込まれていたことに注意しよう。彼らの意図は、問題の渦中にある運河を市民にじかに見てもらうなかで、もう一度小樽について考え直そうというものである。運河地区に人々が集まりうること、したがってそこは憩いと商いとに絶好の場所であり、新しい「開発」の可能性を秘めていることを単純明快に示そうとするものだ。「保守-革新」といった従来の対立図式とは無関係な「イベント」を開催して現場に一般市民を引きつけ、運河のもつ潜在的なポテンシャルを実際に体感させることによって「運河保存」という目標への広範な支持・共感を調達しようという方法論であった。(p.187)


「ポートフェスティバル」の運動論。運河保存に繋がる直接的な効果は少ないかも知れないが、市民に広範に関心を持たせることができ、メディアに運河が取り上げられる機会にもなる、などといった間接的な効果は確かにあったのだろうと思う。ただ、イベントとして定番化していく中で、当初の意図からすると変質していくことは容易に予想される。その意味では、あまり継続性のないやり方だとは言えるかもしれない。



 そんな「温和」な峯山が、なぜ、10年にもわたって保存運動に奔走したのだろうか。なぜ、吹雪をものともせずに東京へ飛び、建設大臣や自治大臣に直談判するような行動力を発揮したのだろうか。
 この疑問を解くためには、峯山が小樽に二度出会っていることを理解せねばならない。彼女にとって、繁栄期の小樽と衰退した小樽の両方を自身の目で見て経験していたことが決定的に重要であったということだ:(p.226)


大正13年と昭和30年。まさに小樽の繁栄の最盛期と「斜陽化」が進んでいった時代。この2つの経験は繁栄期を知っているからこそ、衰退が痛いほど実感されるというものであった。



 運動っていうのはね、……あの、……市民運動というものはね、ある政党に偏ったらダメなの。市民運動ってのは、いろんな各党に関わりのあるような人達が〔参加して〕来るわけでしょ?だから、政党になんにも関係のないでいようとする人達も来るわけでしょ?その運動の主体がね、共産党とか社会党とか、自民党とか一党につながってしまったらね、そしたら、あたし、市民運動の性格を失うと思うの。で、その頃ね、ほんとに正直言って共産党の方々、ほんっとに〔運河問題を〕よく調べた。調べてた。それから、ほんっとによく運動もしてた。だから本来ならば、共産党の、その熱心さにね、私も同調してやっていけば良かったんだけども、私はそうはしなかったの。そうすることは市民運動の性格を変えてしまうと思って、私はそこを徹底的に、各党と同じ立場〔同じ距離〕にいたの。(p.232)


これは98年になってからの峯山冨美の発言だが、実際に運動をしながら、こうしたこと――より正確にはここで述べられていることだけにとどまらないが――をわきまえながら行動をするというのは見た目よりはるかに難しいのではないかと思う。今更ながら、峯山さんという人はすごい人だったのだなと思わされた。



 これは「アメニティ」と呼ばれる概念を指している。それは総体としての環境の快適性・調和性・適切性を指す包括的概念で、出自であるイギリスにおいてさえ、「感じることはできても定義することは難しい」と言われる。原語では“The right thing in the right place.”となり、「在るべきものが、在るべきところに在ること」と訳しうる。日本では「快適であること」に特化して受容され、原義が持っていた「当然、整備されていてしかるべきものを整備せよ」という現状批判的契機が失われていった点に注意が必要である。(p.241)


アメニティという概念が、本来はこのような意味であったとは知らなかった。この言葉が日本社会に受容されていく過程にどのような力学が作用していたのかには興味がある。私の表面的な印象では、商品を売りたい側の都合に合わせて使われることが多い語として流布してきたと感じている。この背後に政治的な思惑があったのかどうかが気になっている。



 議員になった山口は、景観のために駅前横断橋の撤去や、港湾地区への都市機能の導入などの施策を提言し、実現していく。(p.257)


小樽駅前の歩道橋が撤去されるときもそれなりの議論があったが、ここに山口氏が絡んでいるとは知らなかった。結構いろいろやっていたんだな、と。地方自治は「民主主義の学校」などと言われ、国政より「身近なもの」と言われることがあるが、国会の議論がいつもテレビや新聞などで取り上げられるのと比べ、メディアで知らされることが少ないため、実際には身近に感じることができないものとなっている。この状況は改善する必要がある。

なお、港湾地区への都市機能の導入という考え方は、上記引用文に続く部分で紹介されているが、興味深い見解であり、今後の小樽の町づくりでも参考にする価値があるのではないかと思える。マイカル小樽(現ウィングベイ小樽)を築港地区に建設することに対して、港の北側の地区にすべきだと主張したという。確かに、現行の施設では海しか見えないが、山口の言うように北部であれば街と海(さらに付け加えると山)が見える。現在のホーマックや湯の花手宮殿のあるあたりならある程度の広さの土地もある。住宅街から離れているという難点はあり、JRでの乗り入れができないという点では現行の施設よりアクセスは悪くなるとも言えるが、参考になる考え方だと思う。



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