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アヴェスターにはこう書いている?
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大野哲也 『旅を生きる人びと バックパッカーの人類学』(その1)

バックパッキングは、ことばも通じない右も左もわからない異国の地を、現地社会に全身全霊を浸らせながら自力で進んでいかなければならない旅である。その異文化体験をとおして味わう、スリル、達成感、恐怖心と克己心などの総体が旅の面白さを構成している。そして波乱万丈の旅をやり遂げた自分を振り返ることで、旅人は自分が成長したことと自分が変わったことを実感することができるのである。(p.42)


旅の面白さを非常によく言い当てているように思う。

ただ、本書では、日本人バックパッカーたちが、実は異文化体験をあまり志向していないことや、スリルや達成感などもマニュアル化され、商品化され、消費されるものになる傾向などが指摘されており、そうした側面があるという認識に基づく留保はつけられることになる。この指摘も妥当なものと思う。

そして、本書ではアイデンティティと旅との関係において、ここで述べられている「旅をやり遂げた自分を振り返ること」が果たす機能に焦点が当てられているのが特徴的な観点であると思われた。



だが、旅の面白さが自己変革や自己成長と接続する可能性がつねに開かれているという開放性こそが、バックパッキングの大きな特徴であり、バックパッキングの魅力を増大させているのである。(p.43)



この指摘にも同感である。上述の「波乱万丈の旅をやり遂げた自分を振り返ること」によって、成長した自己像が描かれ、自分自身が成長したという実感へと繋がっていく。本書ではこの点について、成長した「実感」という表現までで止めているように思うが、現実の社会での活動に変化が生じており、それがその社会の「共通善」を志向しているのであれば、それは「成長した」と言ってもよいのではないかと思う。

なお、本書のこの後の議論を踏まえた(やや先回りしすぎな)コメントになるが、この点は、本書の見方と私の見方の分岐点になっているように思われる。日本社会の中に回帰することを「前進主義的価値観」の元に回収されたものと見る本書の見方は、日本社会の中に存在する価値観を過度に単純化しているように思われる。アイデンティティは個人が持つものではなく、社会の中でのみ意味を持つものだとすれば、そして、社会の中での役割や立場、自分の「居場所」こそがアイデンティティの根源であるとすれば、元々住んでいた社会に回帰し、そこで新たな立ち位置を見出し、自分自身が満足しながら社会に貢献できる道を見つけたのだとすれば、それは実際に成長したと言ってよいはずである。

逆に、本書が評価する(本書ではこの言い方は使っていないと思うが)ノマド的な生き方は、もともといた社会の中には居場所を見つけることが「できず」、やむを得ず、複数の社会の間で、それら(が作り出している制度)に「貢献する」よりは「利用する」ことで何とか居場所を確保しているにすぎない。この「貢献」の少なさを私は低く評価したい。例えば、社会保障制度をつまみ食いしている点などに、それは象徴的に表れている。つまり、住民票を置いたまま国保に加入せずに他人の保険証を使用するといったことを本書は知恵があるとして称揚しているが、これは詐欺罪に該当する犯罪である(少なくとも、国保法や健保法には違反している)。(なぜならば、医療機関を錯誤させることで医療機関から保険者に不正な請求をさせ、保険者から不正に給付を受けている。)また、社会に住んでいる人が拠出している保険料や税金に便乗しながら、この人は保険料や税を払ってくれた人々に対して何の貢献をしているのか、ということも考えなければならない。こうした行為を高く評価することは妥当な評価とは言えない。



 こうしたサイクルが成立する一因は、冒険的な旅の経験によって刷新された「個性豊かでタフ」という自己が、「強い者が勝ち、弱い者が負ける」という資本主義のルールときわめて親和的だからである。このサイクルのなかで、日本社会で支配的な価値観からの解放を願って旅に出たバックパッカーの多くは、結局は日本社会が強制する前進主義的価値観に自発的に服従し、かつて逃走を試みた社会秩序へ再参入していくのである。(p.52-53)


「個性豊かでタフ」をよしとする価値観が資本主義のルールと親和的であるという指摘はなるほどと思わされた。

しかし、一点だけ疑問がある。もし、本書が言うようにバックパッカーの多くが「日本社会で支配的な価値観からの解放を願って旅に出た」としても、日本に帰ることを始めから意図せずに旅に出発するバックパッカーがどれほどいるのか、という点である。本書の観点ではここが抜け落ちているように思われる。

多くのバックパッカーが始めから帰国の意図を持たずに「解放」を願って出国しているというのであれば、本書がここで指摘している内容は十全なものと言い得ると思うが、そもそもバックパッカーたちの殆どは帰国することを前提して旅に出ているのである。価値観から解放されたいと思っているとしても、一時的にそこから身を離すことで、より落ち着いた環境の中で自分自身の身の処し方を再構築したい、といった考え方なのではないか。この発想自体は「前進主義的価値観」とは何の関係もない。他の価値観の社会であっても十分あり得る発想である。



バックパッキングという実践が、生きる意味について葛藤し自信を喪失していた者に、生きる希望を与え新たな活力を付与したことはまぎれもない事実なのである。さらに今まで想像すらしたことがない生き方が世の中には多く存在することを、身体のすべてを使って知ることで、彼らの人生観や価値観が根底から変化する可能性もある。
 彼らがバックパッキングをとおして得た自信と確信は、彼らがこれから歩もうとする新しい人生のステージで、新たな地平を切りひらく原動力になり得るのだ。つまりマクロレベルでみると既成の価値観の再生産につながっているものの、ミクロレベルでみれば個々人の生を活性化させる力がまぎれもなく備わっているのである。(p.53-54)


バックパッキングがミクロレベルでは生の活性化という機能を持つことについては全く異存はない。マクロレベルで既成の価値観の再生産に繋がっているということ自体も表現としては誤ってないと思う。ただ、既成の価値観を「前進主義的価値観」に回収しきってしまうような扱い方と、バックパッカーたちがこの価値観とは相容れない価値観を持とうとしているかのような扱い方には、単純化しすぎであると批判しておきたい。一時的に既存の価値観から離れて自分の考え方を再調整したいという発想は、既存の社会の中での自分の役割を考え直すことであって、既存の価値観を否定することではないと考える。このように考えれば、バックパッキングは合目的的な行為となっていると言うことすらできる。



 このようなプロセスを経て日本人バックパッカーがひとつの場所に集まり、沈潜者と新参バックパッカーが親密になり交流を深めることで、たとえ沈潜者が日本人宿コミュニティから移動していったとしても、情報だけは、残された者に引き継がれ蓄積され続けていくのである。さらに蓄積された情報をもとに旅を遂行することによって、彼らの多様であるはずの旅の経験はひとつのモデルへとゆるやかに収斂していく。相似形の旅物語が生産されていくことになるのだ。(p.85)


この指摘ももっともだと共感する。実際、バックパッカーが泊まる宿を転々とすると、以前別の国(都市)で出会った旅人と再会することはしばしばある。(イスファハーンで出会った旅人とイスタンブールで偶然再会するといった経験は私にもある。)こうした画一化には確かに本書が批判するような、「本来のバックパッキング」からの乖離はある。

しかし、そもそも旅のあり方は時代によって変わるものであり、バックパッキングが始まった時代の旅が最高のものであったと言える根拠は特にない。ガイドブックや情報によって収斂していくことは確かに画一化の方向性ではあるが、なぜそのに画一化するのかという理由を考えると、それは市場によって良い商品が選ばれるのと同じである。誰かが既存の情報とは違う情報を書き込んでも、それと同じルートで旅をした人が良いと思わなければ、そのルートは他の旅行者に追随されることは(あまり)ない。それと違う道を行きたい人はそこを行けばよく、そうでない人は良いとされている道を行けばよい。それだけのことではないのか。なお、ここではブローデルに倣い、「市場」と「資本主義」とは同一のものではない、と断っておこう。



異文化経験を熱望する一方で、日本的なものを強く求める二律背反性が沈潜型バックパッカーの旅の核心であるなら、バックパッカーの再生産は避けられない帰結であった。(p.85)


沈潜型バックパッカーには会ってみても今一歩、彼らの価値観というものは理解できなかったのだが、本書の指摘は、こうした一面はありそうだと思える内容であり参考になった。


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