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アヴェスターにはこう書いている?
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宮原辰夫 『インド・イスラーム王朝の物語とその建築物』

 インドに現存するデリー・スルターン朝やムガル帝国の建築物は、「インドの富」の略奪や都市の破壊、住民の殺りくという歴史的側面から見る限り、多数のヒンドゥー教徒にとっては歴史の負の遺産以外のなにものでもないと言えよう。しかし、たとえインド・イスラーム王朝に関連するすべての建築物を破壊したとしても、歴史の事実が消える訳ではない。むしろ歴史の事実を継承し、そこから学ぶ機会を失ってしまう。(p.5)


この辺りは日本の植民地支配を受けた二つの地域の対照的な対応(建造物ごと負の歴史を消し去ろう、否定しようとする志向がある韓国と日本の統治時代をも自分たちの歴史の一部として継承して行こうという志向がある台湾)が想起された。



 またティムールは、フィーローズ・シャー・トゥグルクが建てた素晴らしいジャーメ・マスジド(現在のフィーローズ・シャー・コートラー(図78))に余りにも魅せられてしまったので、それと同じマスジドをサマルカンドに建てたいと考え、そのマスジドの設計者とレンガ職人や技術者をデリーからサマルカンドに連れ帰った。それが後にサマルカンドに建造された未完の金曜モスク「ビービー・ハーヌム・マスジド」であると言われる。
 ただ、写真で見る限り、この「ビービー・ハーヌム・マスジド」(図76)の入口の門は、明らかにテランガーニーが建造したと見られるベーガムプリー・マスジド(図64)やカラーン・マスジド(図67)の門と同じ特徴を備えている。つまり、門の両端に丸太のような柱が張り付いているという特徴からして、このマスジドはフィーローズ・シャー・コートラーだけでなく、当時建立されていたデリーのマスジドの影響を受けているといえよう。(p.109)


ビービー・ハーヌム・マスジドにインドからの影響があるとは気づかなかった。門の両端の大きな柱は、確かにインドのイスラーム建築では割と多くみられるように思われる。


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