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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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『小樽・朝里紀行』

 ここでアイヌの居住について農耕民族とは異なる住まい方をしている事を挙げなければならない。アイヌの人々は海辺には住まず、川筋の中域に住み、また夏と冬とでは住まう場所が違っていたのである。……(中略)……。しかし、安永年間(1772年~)以来漁場請負制度がしかれ、和人による理不尽なアイヌ使役がすすむと、こういう生活は崩れ、農耕民族の和人の観念の地名が生じて来たように思われる。(p.54)


アイヌの人々が海辺に住まなかったというのは本当だろうか。アイヌといっても地域によってかなり生活や産業(生活の糧とするものの取得方法)も違っていたと聞くが、この地域限定のことを語っているのだろうか。ただ、夏と冬で住むところが違っていたというのは、遊牧民などによく見られる生活形態であるが、アイヌもそうだったのか、と少し驚いた。



 ヲタルナイ(星置川)周辺のアイヌが勝納川付近に移住した背景も自由意志で移動した訳ではないだろう。結果「ヲタルナイ」の地名が移植された。(p.54)


星置川周辺から勝納川付近にアイヌが移ってきたときにヲタルナイという地名も移ったということは、小樽の歴史を語る際にしばしば触れられるが、この移住にも場所請負制度によりアイヌの人々の居住地が制限されたことと関係しているということか。

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