FC2ブログ
アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

三杉隆敏 『やきもの文化史――景徳鎮から海のシルクロードへ――』

 河南省の安陽で殷墟の発掘が盛んに行なわれたのは、今世紀の初頭であった。盗掘がひどく中国科学院が考古発掘したが、それも盗掘団の暴徒から学術研究者を守るべく軍隊がつきそった。しかし、地下の発掘は人夫のクーリーがやるので、たとえしかるべき物が出てきても、その横を掘ってうまく隠しておき、夜になってそれを掘り出し、隣りに待ちうけている盗掘団がらみの古美術商に売られ、それらが世界の中国古美術愛好家の所に流出して行った。(p.82)


上記引用文で今世紀といっているのは20世紀のことだが、酷い話だ。多少の金をかけてでも、もう少し信頼のできる労働者を雇うべきだろう。



 このような沈没船の載荷、そして以前から私が行なっている破片の調査を重ねると、十四世紀になると爆発的に龍泉窯青磁の輸出が急増することがわかる。これは元時代になって浙江、福建、広東の沿海地域が経済的にも力を持ったこと。一方、アジア各地、特にインドネシアではマジャパヒット朝、インドではラジプタナ朝、中近東ではマムルーク王朝といった強力な国々が安定した政治を行ない、中国の元朝も国際的な国家であったために世界的な経済力の勃興が東西にあったことが強く反映したと考えられる。(p.97)


13世紀世界システムの見方からこれを解釈してみると面白いかもしれない。



 回教徒のメッカ巡礼のコースは広範囲であり、十六世紀、大航海時代の欧州船団が現れる迄、昔の海上ルートのメインは彼等がそのヘゲモニーを握っていた。彼が回教徒であり、回教社会の力が当時広くあったればこそ、あの大海事遠征もなりたったのである。(p.134)


ここで彼とは鄭和である。鄭和がムスリムであったということはあまり知られていないのではないか。このことは一般に現状よりも強調して語られるべきことであると思われる。



 私たちは、ともすれば中国の焼き物の歴史を見る時に、だんだんと良い物が作られ、質が落ちる時も徐々に悪くなると考えがちであるが、社会状況の変化にともなって急激に上がったり、切り捨てるように落ちることを考えておくべきである。(p.136-137)


誰の、どのような用途のための焼き物かという違いや職人達の移動などによる変動などがこうしたことの要因なのだろう。



白磁以外は青磁も天目釉もそれなりに色はついている。それらは中国発生のものである。ところが、色彩的なカラフルな物は染付と同様に西からきたものである。(p.160)


唐のような国際性が高かった王朝の時代に唐三彩が作られたことなどが想起される。唐代は西域から入ってきた仏教が定着(中国に土着化)した時代であったこともこれと並行している。

スポンサーサイト




この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/1270-cb7ccbe1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)