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アヴェスターにはこう書いている?
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舟田詠子 『パンの文化史』

そのため平焼きは煮込んだおかずでも巻き込んだり、はさんだり、のせたり、あるいは焼くまえにおかずをのせておいたり、パンでおかずを包んでからさらに油焼きしたりする。ピッツァを見ればパンとおかずは見るからに一体である。こうしたパンとおかずの豊富な組合わせは、パン用の穀物や、野菜、乳製品に恵まれた環境があってこそ生まれるものである。
 平焼きの世界にはスプーンもフォークもない。パンを使って食べものをつかんだり、掬い取ったりする。パンがスプーンやフォークの役目をしているわけである。そのうえ、皿もいらない。おかずをのせた平焼きは、食べられる皿である。皿の縁を土手のように高くすれば、多少汁気のものも入れられる。するとこのパンは、食べられる器である。このように平焼きパンは食べものと食事道具を兼ねる、しかもゴミも汚水も出さない生活ができる大変便利なものなのである。(p.44)


西欧の厚焼きのパンとそれ以外の地域の平焼きのパンを比較しているのだが、こうした比較からも歴史的に見ると、いかに西欧が貧しい地域だったのか、中東やインドや中国といった地域の方が豊かだったのかということが浮びあがってくる。このことは次に引用する箇所でさらに明瞭となる。



 次に厚い発酵パンの地域では、パンとおかずは別々に食べるのが伝統であった。と言っても中世のアルプス以北の食生活では、おかずと言えるようなものはほとんどなかった。社会の上層でさえ、マメのスープと焼いた肉が中心だった。そのような社会では、パンをおかずと組み合わせることでおいしく食べようとするうことよりも、パンそのものをおいしくすることの方へ意を用いた感がある。この人びとの目指したことは、最初からパンをよりふっくらと発酵させることであった。だから西洋では、ぺちゃんこなパンを、いかにふくらませ、香りよいものにするかということを究極とした、直線的なパン発達史ができあがった。この視点に立つと、平焼きは原始的なもの、ふくらんだパンがより発達したものと捉えがちである。「どこそこでは、いまだに未発達な平たいパンを食べている」などという表現に出くわす。しかし無発酵は未発達ではないし、ぺちゃんこは技術の未熟を指すものではない。ちゃんと訳あって平焼きなのであって、この世界には西洋的「発達」の必要はなかったのである。(p.45-46)


アルプス以北の西欧地域の(特に近代以前の)貧しさは、パンのありようにも表れている。



 紀元前の時代は、さしものギリシャ人もパンにかけてはアジア人にかなわなかったとみえる。パン焼き職人ならフェニキア人かリュディア人がよい。あらゆる種類のパンを注文に応じてつくれるぞ、とか、いやカッパドキア人が最高だ、などと品定めをしている。紀元前の世界では「肥沃な三日月地帯」のパン文化は以前周辺を凌駕していたのだろう。(p.104)


ここでは「さしもの」とあるように、ギリシアを(相対的に)優れたものと前提した上で、パンにおいてはフェニキアなどの方が高度な文化を持っていたとしているが、むしろ様々な文化の全般において紀元前にはギリシアよりメソポタミアやエジプトの方が優れており、様々な文化がこうした高度な文明地からギリシアに流入していったという『黒いアテナ』のように捉えるのが妥当だろう。逆に言えば、本書の議論はパンの文化という部分的な領域において、アーリアモデルよりも修正古代モデルや古代モデルの方が妥当性が高いことを示すものと見ることができる。



第一の注目点は、1602年にすでに新大陸渡来のトウモロコシのパン(12、16)があったこと。これはトウモロコシ実用化のかなり早期の例である。にもかかわらず同じ新大陸渡来のジャガイモの方は出てこない。ジャガイモ入りのパンの普及は18世紀以降である。北アジア原産のソバ(6)が入っている。ソバは1500年以降に、ロシア経由で東ヨーロッパへ、ベニス経由でイタリア、さらにアルプス一帯へ、あるいはベニスから海路アントワープ、さらにフランスへと伝播した。同じ頃やはりベニスを拠点にコメや、香辛料、砂糖も全ヨーロッパへ普及していった。……(中略)……。

 こうして大航海時代を節目として、パンの世界にも新たな素材がもちこまれるようになった。(p.138)


こうした伝播について知り、この時代に世界が変わっていった様子をもっと詳しく知ることができれば非常に面白そうだ。



[図91] 野外での貴族の食事風景 仔豚の丸焼きと白パンだけの食事。パンは当時じかにおいた。細長いコッペパン、その半切り、丸いセンメル、ともに典型的な中世の白パン。まだフォークがなく、すべては手づかみ。その汚れた手は、亜麻のテーブルかけでふいた。手織り絨毯、1460年頃(p.227)


西欧では貴族は白パン、庶民は黒パンを食べていたというが、貴族でも肉とパンだけという程度の食事が多かったようだ。皿も使わずにテーブルに直接パンを置いていたというのは、平焼きパンの地域とも共通だったのかもしれない。アルプス以北ではフォークが使われるようになったのは概ね16世紀以降と思われるが、それ以前は手づかみで食べていた。このことはよく目にしてきたが、テーブルクロスで手を拭いていたというのは現代の感覚からするとかなり行儀が悪いというか不潔であり驚きを感じた。



 都市では、人口の集中にともなうパンの需要から、製パンも産業化される必要にせまられていた。産業革命によって、燃料は薪(木炭)から石炭へ変わる。それまでのパン窯では構造上石炭は使えない。しかも大量生産ができない。そのためイギリスでは、18世紀後半から石炭用の、箱形のパン窯が現れた。その原理は、鉄の箱を縦型ストーヴに組みこんだようなもので、下段で石炭を絶えず燃やしながら、上段でパンを焼くというものである。
 パン窯内部も、楕円形から方形に変わった。それにつれて、パンの形も変わった。……(中略)……。私たちが食パン、イギリスパンなどと呼んでいる、型に入れて焼く四角いパンはこうして始まった。型に入れるようになってはじめて、パン生地がだれずに、高くふくらむようになったのである。……(中略)……。
 もうひとつ、私たちになじみのフランスパンの方も、昔からあのようにパリッとしていたわけではない。フランスパンのように、中身がふっくらして、皮がぱりっとしたパンを焼くには、特殊な蒸気を出したり止めたりできるオーヴンがなければならない。フランス産のコムギはグルテンが少ないので、この粉でパンをふっくらふくらますには、焼き初めに、パン窯に蒸気を大量に送り込まなければならない。しかも途中でその蒸気を止めないと皮はパリッと焼き上がらない。そんなことは従来のパン窯では無理な話で、現在でも家庭用オーヴンではむずかしい。それを可能にしたのは業務用の蒸気オーヴンというものだった。このパン窯のおかげで、質の悪い粉にもかかわらず、あの独特のおいしいパンが生まれたのである。蒸気窯の登場は、イギリスでは19世紀末のことであったが、フランスでは1910年まで、旧来のパン窯が全土で使われていたという。
 このように、イギリスパンやフランスパンの歴史はまだ100年程度のもので、ポンペイ時代からの1800年間、パン焼き技術はほとんど変わらなかったのである。(p.236-267)


産業革命や都市化といった社会の変動がイギリスパンやフランスパンの誕生の背景となったのであり、20世紀になる前後になって現在のようなイギリスパン、フランスパンが生まれ、普及したというのは今まで考えたこともなかった。現在では当たり前に普及しているものでも、その歴史は新しく、近代のものというより現代のものと言うべきものだったことに驚いた。

また、フランスパンがあのような不思議な構造になっているのも、フランスのコムギの質が悪いことがその背景になっていたというのは、ある意味、それだけの工夫が必要なものだったとも言えそうであり、感心させられる。



 最後の晩餐でイエスがパンを割いて弟子たちに与えたのは、家長がそうする習慣だったからである。パンを分かち与える者が、一族の長たりえたのである。英語のLordはloat ward<パンを管理する人>を意味し、Ladyはloaf dige<パンをこねる人>を意味していた。ともに命をあずかっていたのである。「パンをともにする」という言葉から、companyやcompanionという言葉がうまれた。パンをわかちあう仲間が、共同体なのである。(p.269)


なるほど。最後の晩餐というのもその時代のその地域の習慣を反映したものだったとして理解するのは重要と思われる。また、lordやlady、companyやcompanionという語の出自も興味深いものがある。

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