アヴェスターにはこう書いている?
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マーティン・バナール 『『黒いアテナ』批判に答える(下)』

ギリシアの数学は、宗教セクトによってではなく、タレス〔西暦紀元前625?-547? ミレトスのタレス。ギリシア自然哲学の創始者〕やアナクシマンドロス〔西暦紀元前6世紀中期の自然哲学者。世界の根源はアペイロンという無限のものだという説をとなえた〕のような「著名」人を通じてのみ発展したという彼の提案は、彼にそのつもりはなかったとしても、「合理的」ギリシアと「非合理的」オリエントの密儀という明確な対比――私は筋の通らない対比だと考える――を創り出すという結果をもたらした。(p.484)


確かに中学や高校で古代ギリシアの歴史を学んだとき、こうした「著名人」の名前が次々と列挙されていたのが想起されるが、確かに、当時の印象としてバナールがここで述べているような印象を暗黙裡に植えつけられた面はあると思う。



保守的なギリシア人、とりわけプラトンは、統一的な君主制と農業経済的な基盤をもつエジプト社会の安定性と階層性を称揚したが、ギリシアの小さい都市国家にとって(おそらくスパルタは例外だろうが)、エジプトは適切なモデルにならなかった。ギリシアの都市ポリスは小さく、その土地基盤は限られていたので、多くの場合、製造業と商業に力を入れた。したがって、彼らにとってはるかにふさわしい政治=経済のモデルは――エジプトではなくむしろ――フェニキアだった。(p.608-609)


ポリスにとっての政治経済のモデルはフェニキアの都市国家だったという点は本書で得た収穫の一つ。



古代の奴隷制社会もそれ以後の奴隷制社会も、海と関連していたが、これは偶然ではない。船による必需品の大量輸送が容易でなければ、食糧不足の専門的製造業経済の発達は不可能である。このことは、ある程度は川を基盤にした社会でも可能だが、海を基盤にした社会のほうが発達する範囲はずっと広い。動産奴隷制には海が必要である。このため、古代の奴隷制社会でも初期の資本主義でも、富裕で力を持つ者は海路を独占した。したがって、奴隷が故郷に逃亡することは不可能だった。(p.615)


動産奴隷制には海が必要という認識も本書から得た収穫の一つだった。大変興味深い指摘であり、掘り下げてみる価値もあるように思われる。



プラトンの世代から二、三世代たたないうちに、彼のもっとも早い注釈者クラントルは次のように書いている。「プラトンの同時代人は、彼の国家論は彼の創作ではなく、エジプトの制度の引き写しだと言って彼をあざけった。……(略)……」(p.640)


確かにプラトンとエジプトからの影響を認める説は昔からずっとあったようだが、このことはあまり一般には知られていないように思われる。



「民主主義」という語は1790年代末に使われるようになったが、この場合、「共和制」あるいは「代表制」という修辞語をつけてのみ使えるようになったにすぎない。アンドリュー・ジャクソン〔1767-1845〕が大統領に当選し、ギリシア賛美の機運が高まってはじめて、「民主主義」と「民主主義者」はそれ自体として使われ始めた。(p.710)


民主主義という言葉はその当時はかなりイメージが悪い言葉であったということは押さえておきたい。



一般に保守派は、彼ら自身を守るために自分たちの著述の客観性を当然視する一方で、現状に異議を申し立てる著作を「政治的」と称する傾向がある。(p.711)


現在の日本であれば、いわゆる「保守派」は、彼らに都合の悪い事実を報じるメディアに対して「偏向している」「中立でない」といった類の攻撃をすることがある。ちなみに、これらは明らかに「レッテル貼り」である。

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