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アヴェスターにはこう書いている?
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マーティン・バナール 『『黒いアテナ』批判に答える(上)』(その2)

 啓蒙の17、18世紀からロマン主義と実証主義の19世紀へという変化は、新しい「科学的な」人種差別を強烈かつ顕著に増進させたにすぎなかった。(p.278)


19世紀に人種差別が顕著に増進されたことは、ヨーロッパ諸国の帝国主義的な支配が拡大していき、自らの優位性を信じるようになっていったことが大きな要因である。ロマン主義は自民族中心主義的な傾向があり、「民族」を実体化し、普遍の本質があると考える傾向があるため、ヨーロッパの「民族」の普遍の本質は他の有色人種たちより優れているという観念に容易に到達できるし、そうした信念が強固な場において、実証主義はそうした信念に都合の良い事実を(意識していない場合もあるが)恣意的に選びだし、それに「科学」によるお墨付きを与えることを可能にする。



 前述したポプキンのリストの最後はイマニュエル・カントである。彼の「純粋」哲学を見れば、のっぴきならない証拠がよりはっきりする。カントは論理学、形而上学、道徳哲学の講座で講義するよりも、むしろ、「人類学」の講座で講義するほうが多かった。内省的なのはヨーロッパ人だけであり、内省的でない非ヨーロッパ人は、「正確には」人間でないと彼は主張した。
 しかし、カントにとって、「劣等」人種にはそれぞれ違いがあった。彼はアメリカ先住民は教化できないと考えたが、黒人は訓練できると考えていた。ただし、「使用人としてのみ」だったが。カントにとって、打擲は訓練の一環であり、その場合、「鞭のかわりにささらの竹棒」の使用を勧めた。そうすれば、「黒人は死ぬことはないだろうが、苦痛にひどく苦しむだろう。[黒人の皮膚は厚いため、鞭でたたくくらいでは十分な苦痛を与えることにはならないからだ]。(p.294-295)


現代の人権の感覚や基準から見ると、ほとんど「狂っている」としか言いようがない酷い考え方。カントと言えば、一般には偉大な哲学者と見なされており、認識論におけるコペルニクス的転回などには歴史的に大きな意義も認められる大思想家と言いうる人物である。さらに、普遍主義的な志向の倫理学も有名であり、正・不正や善悪、公正ということを考える上でも示唆に富む議論を行った人物であった。その彼においてもここまでひどい人種差別的な観念を持ち、それを堂々と語ったというのは殆ど信じられないほどである。



まず第一に、社会科学では自明だが、「政治的」というレッテルが張られるのは、権威を支持・擁護する研究ではなく、ほとんどつねに権威に異議を申し立てる研究に限られる。(p.320)


現代日本の(主にネット上の)言説で使われる「偏向」という言葉の使われ方は、ここで指摘されているのと同様のものである。

ネット上の右派や反動政治家(いわゆる「保守」などと自称する右派系の代議士のこと)は、政府や与党に都合の悪い事実を報道したり議論したりする者に対して「偏向」しているとレッテルを貼る。しかし、「公正」とはどのようなことなのかについて、彼らは考えていないか、又は意図的に無視しており、彼らにとって「心地よい」言説上の地点が「中立」の地点だと勝手に見なしているに過ぎない。



功利主義者のジェイムズ・ミルは、ギリシア人が古代エジプトを尊敬していたことに不信と嫌悪を抱いていたが、この不信と嫌悪を強力に補強したのがゲッティンゲン学派のK・O・ミュラーであり、ミュラーは<古代モデル>の神話の扱いを批判し論破していた。ミュラーは証拠の立証に必要な条件を確立し、立証責任を<古代モデル>を批判したいと考えている人びとではなく、<古代モデル>を擁護しようとしている人びとに転嫁した。(p.386)


バナールはゲッティンゲン学派とその史料批判の考え方に対してしばしば批判するが、その理由がよく分かる箇所。実証主義的な手続き論を確立することで、客観的な事実を証明できると考えられがちだが、いかに手続きが適正であっても、証明しようとする事実の選び方が恣意的であれば妥当な結論は導かれない。より広い文脈を考慮に入れながら妥当性を競うべきだという競合的妥当性の考え方をバナールが主張するのは、こうしたゲッティンゲン学派に対する批判でもあるだろう。

広い文脈を考慮すれば、相対的に妥当性が高いのは「アーリア・モデル」ではなく「古代モデル」であり、それゆえ、「古代モデル」を否定しようとする場合の立証責任は「古代モデル」を批判する側になければならない、ということになる。ミュラーはそれを――不当にも――ひっくり返してしまった。これを元に戻すべきだというわけだ。



この要因の印象的な例は、アラビア語dār aṣ ṣina'a(「工場」)からイタリア語が借用した二つの語――おそらくジェノヴァ方言から来たであろうdarsena(船舶の武装解除や修理を行う港湾の屋内施設)と、ヴェネチア方言から来たarsenale(「海軍工廠、造兵廠」)――のなかにも見ることができる。(p.408-409)


ヴェネツィアの歴史などを学ぶと「アルセナーレ」は重要な位置を占めるものだったことが語られるが、これもアラビア語から来た語だったとは興味深い。


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