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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

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伊藤章治 『ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」』
 中世の森林開墾(破壊)の先頭に立ったのは、意外にも修道院だった。ベネディクトゥス派やシトー派は「清貧」「貞潔」「労働」などを掲げて未開墾地(ほとんどの場合が森)の開墾に力を注いだ。

また、教会のステンドグラスづくりには大量の鉄、そしてその鉄を精錬する大量の木が必要だった。ひとつの教会堂のステンドグラスのために数千エーカーの森が切り尽くされたという。(p.99)


教会堂のステンドグラスを見るとき、こうした点に思いを馳せたことはなかった。



 1919年(大正8年)、孫三郎は、日本における民間初のシンクタンクといわれる「大原社会問題研究所」(略称社研)を設立する。1918年(大正7年)7月、富山に端を発した米騒動のすさまじさを目にした孫三郎が、社会に山積する問題を解決することの重要性を痛感したためという。社研の所在地は当時の経済の中心地だった大阪。初代所長には日本を代表する経済学者のひとり高野岩三郎(1871~1949)が就き、研究員には大内兵衛、森戸辰男、宇野弘蔵、長谷川如是閑、笠信太郎など錚々たる顔ぶれが並んだ。『日本労働年鑑』『日本社会衛生年鑑』の発行やディドロ、ダランベールの『百科全書』70冊、カント叢書などの文献収集などで、「日本における社会科学の聖地」といわれた。1937年(昭和12年)、社研は東京に移転、法政大学に引き継がれていく。(p.113-114)


大原社会問題研究所が法政大学に引き継がれたという件は興味深い。1949年に新制大学になった際に合併したようだが、どのような背景や理由があったのかが気になるところである。



 大原孫三郎は1923年(大正12年)、「大陸進出計画を最終的に取り決めるため」、中国視察に出かける。北京で孫三郎を案内したのが、北京・朝陽門外のスラム街で孤児らの教育に取り組んでいた清水安三(1891~1988)だった。
 ……(中略)……。安三は校舎や教材のすべてを残して日本に引き揚げ、東京西郊の町田の地に桜美林学園を築く。桜美林の名は安三が学んだオハイオ州の大学名に由来するだけでなく、アルザスの谷間のジャガイモの村に生きた聖職者ジャン=フレデリック=オベリンにちなんだものでもある。(p.118-119)


桜美林学園の名前の由来がこのようなものだったとは知らなかった。変わった名前だとは思っていたが、オベリンの当て字とは…。

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