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アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
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フェルナン・ブローデル 『地中海』(その1)
第一部 環境の役割 より

地中海空間は東および南の方面で二つの侵入を体験した。・・・(中略)・・・。つまり七世紀に始まるアラブ人の侵入であり、十一世紀からのトルコ人の侵入である。トルコ人の侵入は中央アジアの「寒い砂漠」からの逃げ道として起こり、この侵入はふたこぶラクダ使用の拡大を伴い、ふたこぶラクダ使用の拡大を強化した。アラブ人の侵入はアラビアの「暑い砂漠」から始まり、これはひとこぶラクダの普及が促進したものであり、さらにはこのひとこぶラクダの普及が侵入の説明となる。
 この二種類の輸送用動物は、見掛けは明らかに似てはいるし、また混同されることもあるが、違うものである。・・・(中略)・・・。ふたこぶラクダは、バクトリア原産で、寒さも山の起伏も恐れない。ひとこぶラクダは、アラビア産で、砂漠と熱帯の動物である。これは事実上山道を歩くには適さず、またあまりにも低い気温に耐えることはできない。・・・(中略)・・・。
 この二種類の動物の生態の違いはきわめて重要である。かなり広い境界地帯がそれぞれの領域を分けている。・・・(中略)・・・。非常におおざっぱに言えば、この境界地帯は冬には寒いイラン高原である。・・・(中略)・・・。実際は、アナトリア高原も、イランの高地もひとこぶラクダに大っぴらには開放されていないし、アラブ人による征服が小アジアで失敗し、征服がペルシャで決して楽々とおこなわれなかったその責任の大半は、ひとこぶラクダが劣っていたためであると考えなければならない。(p.153-154)



なかなか興味深い分析である。アラブのイスラーム帝国(アッバース朝)はアナトリアのビザンツ帝国を滅亡に追い込めなかったが、ウマイヤ朝は北アフリカ地中海沿岸からイベリア半島までを比較的容易に渡っていけたこと、また、セルジューク朝などトュルク系の人々がアナトリアへと侵入できたことなどを説明しようとする場合、その背景として、こうした要因を指摘することは可能だろう。




ふつう人々は北のイタリアと半島のイタリアの間にはきわめて大まかな対立しか見ていない。しかし、東西の対立、つまりティレニア海のイタリア対レヴァントのイタリアは、それほど目立たないのだが、やはり著しいのだ。この対立は、過去においてずっと、密かな分節化としてはたらいてきた。長いこと東方世界が幅をきかせ、半島の西欧を凌駕してきた。それに対して、西、つまりフィレンツェやローマこそが、ルネサンスを生み出したのである。(p.211)



東西の対比というのは興味深い。確かに東の海岸はヴェネツィアの影響が強そうだし、「長靴」のかかとのあたりは特にビザンツの影響が大きそうだ。ローマについて言えば、ローマ帝国が東に都を移そうとしたのも、経済の中心地たるレヴァントへのアクセスの悪さが要因としてあっただろうから、東と西との分断はかなり昔から続いていたと見ることは可能である。

なお、ブローデルの叙述は、西のイタリアの側からの見方になっているが、ルネサンスが西側で花開いたのは「辺境革命論」的な説明をするほうがいいだろう。つまり、ビザンツ=ギリシャの文化圏を中心として、その勢力の変動(中心の動揺とそれによる周辺への波及)として捉えたほうが良いのではないか。つまり、もともとビザンツの文化的影響圏の内側にあった半島東側に対して、西側は(影響圏外だったものが)辺境地帯になったことが、そうした変化が起こる背景としてあった、と。




「全体」としてとらえた地中海は、十六世紀には、アゾレス諸島や新世界の岸辺にも、紅海やペルシャ湾にも、またバルト海にもニジェール川の湾曲にも関係しているのだと言うことは、地中海を過度に伸長性のある動く空間として見ることである。(p.280)



 もはや植物や動物でも、起伏や気候でもなく、いかなる境界標も止めることができず、あらゆる障害を乗り越えていく人間が問題になるときには、実際、どんな国境線を引くべきなのか。地中海(ならびに地中海に随伴する「最も大きくとった地中海」)とは、人間がつくったとおりのものなのだ。人間の運命の轍が地中海の運命を定め、地中海の領土を拡げたり縮めたりするのだ。(p.282)



方法論的に興味深い箇所。私見では、世界システム論を主張した初期のウォーラーステインが強調していた「商品連鎖」という境界の区切り方は、ブローデルの地中海の境界の切り方に見られる考え方を、より一般化したレベルで示したものといえる。

いずれにせよ、システムの境界は動くものであり、作動のあり方によって決まってくるというあたりはオートポイエーシスとも共通するものがあり、その変動に着目している度合いはウォーラーステインよりもブローデルの方が鮮明であって、いずれにせよこの部分(最も大きくとった地中海という見方)は知的な刺激に満ちた議論である。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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