アヴェスターにはこう書いている?
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内藤辰美、佐久間美穂 『戦後小樽の軌跡 地方都市の衰退と再生』(その1)

 すしの町小樽はつくられたものだった。テレビという媒体が活用された。やって来た観光ブームがすしの町小樽を実現させた。(p.163)


小樽の名物の一つとされる寿司だが、このイメージはそれほど古いものではない。運河論争により小樽に対する全国的な関心が高まっていた1980年代半ばになってメディアを通じて創られていったという。



 小樽の直面する停滞と危機には複数の要因がある。外部的要因だけでなく、財政危機を招いた内部的要因もある。小樽の直面する危機、とりわけ財政的危機が、力量を超えた大規模投資、あるいは内発的必然性の乏しい外部資本に期待した都市づくりにあったことはまちがいない。マイカルや石狩湾新港には行政にも反省の声がある。衰退する都市に何とか歯止めをかけたいという焦りが身の丈を超えた一発逆転的な都市経営を生んできたのであろうか。一発逆転と言えば、いま、小樽ではカジノ誘致に熱心であると聞く。そこに、これまでの経験が活かされているのかどうか、外部者ながら懸念がある。(p.220-221)


最近はやや勢いが衰えた印象であるが、カジノ誘致について数年前まではかなり積極的に推進している人々が目立っていた。このカジノ誘致の動きを、過去の「大規模投資」や「外部資本に期待した都市づくり」と連続的なものとして見ている点は重要な見方であると思われる。



大東亜戦争中は何等進歩の跡はなかったが、昭和27年より同26年にわたり外地からの引上げ者を収容するため最上町と緑町五丁目に市営住宅を建築した。これによって最上町の住民が急増した、これらの住民に対する日用品の販売店が必要となり、鮮魚、青物商、その他の雑貨商が最上町に続々として開業した。昭和28年には、最上町の児童を収容するために最上小学校を新設するまでに発展したのである(小池信繁、緑町発達史、序:4-5)。(p.245)


小樽では人口が増えるにつれて市街地も広がっていったが、そうした動きの一つとして、緑町から最上町へと山側へ向かって市街地が展開していったことがわかる。



高島の町は、飯田さんのところから奥に船主の家があり成金町と呼ばれていた。松田市議の父も元は船であった。減船で経営が成り立たなくなって廃業した人が多く、その結果、成金町は衰退・消滅した。(p.318)


船主が同じ地域に密集したのは何故なのだろう?



 大事なのは彼の温厚な性格と控え目な生き方であった。彼は若くして機関士会の統合を実現した才能の持ち主であったが、その温厚な性格と控え目な生き方は彼をしてトップ・リーダーを支えるコミュニティ・リーダーの補佐役に終始させてきた。山田さんのような人の生き方には一つの特徴があるというのが私の仮説である。彼らは社会通念や政治思想については保守的であり革新的ではないけれども、かれらの生き方は献身的であり保身的ではなかった。ここで保守と保身とは厳密に区別されなければならない。保守的な人の中にも革新的な人の中にも献身的な人はいるし保身的な人がいる。これまで日本の地域社会は保守的で献身的なタイプの人物、とりわけ⟨世話役的なリーダー⟩によって支えられてきた。(p.326)


保守-革新という軸と保身-献身という軸による分類は参考にできそうに思う。

例えば、現在、衆議院選挙が始まっているが、安倍晋三が憲法を濫用して解散を実施したのは、彼の「保身的」な理由によるものであったと見るのが妥当だろう。それに対して、今回の選挙に当たっての目まぐるしい政局の動きの中で、私の関心を引いている政治家の一人に枝野幸男がいる。小池百合子と前原誠司が民進党が持つ金をいかに収奪するかに腐心して民進党は党として残しつつ、個別の議員が希望の党に持参金を貢ぐなどという手法を使ったのに対し、枝野が立憲民主党を立ちあげたことは、民進党からの寄附などについても言及はしているようであり、また、中道的リベラル派議員の議席を失わないための受け皿を作らなければならないという事情に押されてではあるにせよ、それなりに勇気のいる決断をしたように思われ、これを保身的か献身的かという軸で考えると、「献身的」に分類できるものだと見ている。

政治家を見るとき、最近はやりの「保守」かどうか、どのくらい「保守的」かという尺度で見ることに慣らされているが、その人の行動が「保身的」かどうかということを、口先の言葉だけでなく行動で判断する。この見方の方が確かなことが分かると思われる。



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