アヴェスターにはこう書いている?
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天野郁夫 『帝国大学――近代日本のエリート育成装置』

 しかし、この二帝大・三分科大学の新設についても、大蔵省は予算を認めようとしなかった。その再び頓挫しかかった計画を救済し、実現させたのが古河家からの寄附であり、仲立ちしたのが内務大臣の原敬であったことは、よく知られた話である。
 原は古河合名会社の副社長を務めたことがあり、大臣就任後も古河家の相談役を務めていた。当時、その古河財閥は足尾銅山の鉱毒事件で社会の厳しい批判を浴びていた。原は世論を和らげる一策として、古河家に「公共的献費」を求め、それを二帝大の創設に結びつけたのである。(p.38)


東北帝大と九州帝大の新設の際の古河財閥の寄附に関する記事。日本の政府は一貫して教育に対する財政支出に積極的とは言えない傾向があり、帝国大学でさえ中央政府の費用だけでは設置していないという点については一言ここでも触れておきたい。

それとは別に、原敬と古河家の関係についてはもう少し詳しく知りたい。



「基礎的な学問としての理科は、土地の条件を考える必要」がない。「仙台理科大学はいわば上からの帝国大学の構想によって創られたもの」だと、同校史は述べている。(p.39)


東北帝大について、札幌農学校に加えてもう一つの学部(分科大学)を設置するにあたり、仙台に「理科大学」が設置された理由。北海道開拓のために設置された札幌農学校の農科大学への昇格、八幡製鉄所など工業地帯が形成されつつあった九州の工科大学設置といった、土地の条件に合わせた分科大学の設置に対し、仙台に創設される学校は、東京、京都、東北、九州に設置される分科大学のバランスを見ながら(土地の条件によらず)、理学部(理科大学)とされたということが述べられている。



 帝国大学の助教授職や、官立の専門学校・高等学校の教授職に就いている学士たちの中から学位の有無を問うことなく選んだ者を、帰国後の教授ポストを約束して数年間、海外の大学に送り出す。そして帰国後に首尾よく任用された教授に学位がなければ、総長推薦ないし博士会推薦で博士号を授与する――それが、明治期を通じて、文部省・帝国大学が取り続けた、教授の養成方法であった。(p.160)


明治期の博士には、いわゆる「推薦博士」が非常に多い。どのような経緯で博士になったのかに注目して批判的に見る必要がある。

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