アヴェスターにはこう書いている?
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小川洋 『消えゆく限界大学 私立大学定員割れの構造』

 これだけ大規模な入試を行なって、各大学とも最終的に定員の数パーセント程度の誤差に収めている。なぜそのようなことが可能なのか。その最大の理由は入試方法の多様化である。ほとんどの私大がこの20年ほど、辞退率という不安定要素をもつ一般入試の比率を大きく下げてきた。さらに一般入試においては、予想外に多くの入学手続き者が出て大幅な定員超過とならないよう、正規の合格者数を絞ったうえで必要に応じて追加合格を出して入学者数を微調整している大学も多い。
 大学の学生募集方法は、ひと昔前に比べるとすっかり様相が変わっている。推薦入試、AO(アドミッション・オフィス)入試、付属・系列校からの内部進学など、一般入試以外の学生募集の比率が大幅に増えてきた。推薦入学については、短大では古くから実施され、国公立大学でも70年代後半に取り入れられるが、私大では早期の学生確保手段として広がっていった。12年度入試では、全入学者のうち、国立で12.4パーセント、公立で24.0パーセント、私立では40.3パーセントが推薦入試によるものとなっている。(p.21-22)


かつては当たり前のように行われてきた水増し入学が、文科省による補助金減額や個別的指導によって是正されるようになったことへの大学側、特に私立大学の対応が入試の多様化を推進する要因の一つとなったことが本書から理解できた。

また、個人的には私大の4割が推薦入学という割合の大きさ(さらに内部進学やAO入試などもある)には驚いた。一昔前であれば進学するための学校ではないと思われていたような高校でも、昨今では卒業者の進路を見るとしばしば私立大学の名前が載っていて違和感を感じたことがあるが、そういった事態についても理解できるようになった。

さらに、団塊ジュニア世代が入学した25年くらい前の大学入試の偏差値と少子化が著しく進行した現在の偏差値が多くの大学でそれほど変わっていないことにも違和感を感じていたが、一般入試の定員を減らすことで偏差値が高く保たれるという構図もあることが分かった。最近の入試事情に関する多くの謎が本書のおかげで解けた。



一般入試の定員を絞れば絞るほど入試倍率は上がり、受験情報企業の出す「偏差値」が上昇し、大学の評価を高める結果になる。それが大学のねらいのひとつであるとさえ言われている。(p.27-28)


すぐ上でコメントした内容だが、慶應なども学部によっては半分以上が一般入試の前に埋まっているということが指摘されている。このような事情からは、その大学の「偏差値」がかつてと変わっていなくても、実際に入学している学生の学力レベルを平均するとやはり以前よりは下がっていることが予想される。



大学進学率を予想以上に長期にわたって大きく押し上げた大きな原因は、進学志向の全般的な高まりと高卒就職環境の壊滅的な悪化であった。(p.64)


90年代後半から00年代前半頃まで、文部省が予想していた以上に進学率が上がった要因。



アルバイト賃金も上昇したバブル経済のさなか、リクルート社が肯定的な意味をもたせるつもりで作ったという「フリーター」の用語は一転、不安定、非正規雇用を象徴的するものになったのである。(p.65)


使用者側が安上がりの労働力を使いやすくなるように意図されており、労働者側のことにはほとんど配慮していなかったのだから、「フリーター」の語が否定的な意味で用いられるようになるのは当然の成り行きであったと言うべきだろう。



 大学にとっては18歳人口の急減による進学者の減少を覚悟していたところに、皮肉にも受験競争の鎮静化とバブル崩壊とが、高校生たちを大学進学へとプッシュすることになり、受験生の波は予想以上に長期化した。(p.66)


バブル崩壊とここで言われている要因は2つ前の引用文で述べられているが、受験競争が鎮静化して大学が入りやすくなったためにかつてであれば進学をあきらめていた層も進学への希望を持つことができた。このことと就職難は相乗効果があっただろう。



生徒数は20年間に1.8倍あまりに増えた。……(中略)……。その際、専門高校(職業高校)は開設されても例外にとどまり、大部分は普通科高校が増設された。その結果、首都圏では、職業系の専門高校の定員が微減する一方で、普通科の生徒数は、70年の約17万2000人から90年の37万8000人へと、2.2倍にも増えたのである。他の大都市圏でもほぼ同様の傾向が生じている。
 この時期に新設された高校の多くはその後、ピラミッド型秩序の中下位に定着し、一部は、義務教育内容の習熟度がもっとも低い生徒たちを受け入れる、底辺校とか教育困難校と呼ばれる高校になっている。朝比奈なを『見捨てられた高校生たち』はこれらの高校の実情を余すことなく描いているが、多くの弱小私大はこれらの高校にも推薦枠を提供していることを認識するべきである。
 大学進学にはほとんど無縁の底辺校とトップの進学校、準進学校との間にある、進学希望者と就職希望者が混在する、性格の曖昧な普通高校は、教育関係者の間では「多様化校」と呼ばれる。この多様化校こそが、大学進学率の変動が発生する現場なのである。(p.164-165)


第二次ベビーブーム世代が高校進学する頃、生徒数が急増したのに対応して高校も定員が増やされたが職業高校ではなく普通科が増やされたため、それらの高校は「多様化校」や「底辺校」となった。この多様化校が就職難と進学の容易化によって(文部省の)想定以上に進学していった生徒たちを擁する現場だったことが指摘されている。

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