アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

阿部謹也 『北の街にて ある歴史家の原点』(その2)

その当時はソヴィエト・ロシアとポーランドに分かれて支配されていた旧プロイセンの歴史を研究するにはソヴィエトとポーランドの学会と協力して行うしか方法はないのだが、その方法をめぐって対立していたのである。特に歴史教科書の編纂をポーランドと協力して行うか、ドイツ人だけで行うかという問題であり、その際にポーランド人と協力して行うことに異論はなかったのであるが、どのような形で協力し合うかが議論の的であった。
 私は日本の歴史教科書の編纂に際して朝鮮人や韓国人、中国人と協力し合うという発想が全くないことを知っていたので、この議論に深い関心を持っていた。(p.114)


1970~71年頃のドイツでの議論。確かに歴史教科書の編纂に関係する国における歴史研究の成果をも取り込んでいくという発想はあった方が良い。

日本の場合、韓国や中国の歴史観には排外的な国家主義の要素が政府の政治的な正当性を主張するために喧伝された要素が多く含まれている点に懸念がないわけではない。ただ、日本でもそうした歴史観と同レベル化それより劣るような復古主義的反動主義者(「保守」と自称することが多い極右的な歴史修正主義者)たちの歴史観が次第に台頭してきているため、相互に反発を生じさせやすい状況となっている点に問題を感じる。



中世の学校は市民や敬虔な人々の寄進によって成立したものが多かったが、そこには規律などはなく、優れた教師がいるところには多くの学生が集まったが、その教師がいなくなれば学生の姿も見えなくなった。学生の数が多くなるとひとつの町では全員を養育できなくなり、問題となったのである。(p.246)


横尾壮英『中世大学都市への旅』によるとヨーロッパ中世初期の大学は、土地も建物もない人間だけの大学であったという。



エリートの学問は基本的に禁欲を旨として営まれ、自己の関心をひとつの分野に限定しようとする。いわゆる専門家の発生である。(p.248)


阿部謹也はここで16世紀ころからヨーロッパではエリートの文化と民衆の文化とが分かれて行くとしており、その上でエリートの学問を禁欲的だと述べている。エリート文化と自己抑制・自律は、確かに親和的かも知れない。この指摘が面白いので記録しておく。



安丸良夫による解説より。

 時代はちょうど戦後史学史の大きな画期、社会史のはじまりにあたっていた。この時代に社会史を代表した研究者は、日本史では網野善彦さん、西洋史では阿部さん、ともに中世史を専門とする異端の歴史研究者だった。近代を実態としても到達すべき目標として理念化する幻想が崩れたとき、網野さんや阿部さんの中世史研究は、近代を相対化して、さまざまの問題を根源から考え直すためのさまざまな手がかりを提示しているように受けとめられた。(p.296)


なるほど。

スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/1205-17dfa6b6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)