アヴェスターにはこう書いている?
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上山安敏、三吉敏博、西村稔 編訳 『ウェーバーの大学論』

 ウェーバーがハイデルベルク大学に招聘されるときには、実際にゼミナールが問題になっている。ゼミナールは、自然科学にみられる研究所とともに大学の官僚制化の進行にとって推進力になっている。ゼミナールは一般の講義形式ではなく、個々人にディアローグ形式でなされ、学生が口頭で討論するユーブンクであるが、もともとこれは授業革命の性質をもっていた。18世紀後半に全ドイツに普及したこの制度は、教師養成が神学部に独占されていたのを、神学部から独立させた風潮の中で生れている。アウグスト・ウォルフが神学部とは独立して実践教育学的な方法を編み出したのである。(p.175-176)


大学の官僚制化とゼミナールとの関係というのは、一見すると見えにくいのだが、ドイツの大学では、自然科学がインスティテュートを設立しているのに対し、哲学部では教授が一人でインスティテュートを設立し、各学科がゼミナールを設置するという形をとった。こうした制度を利用して政府から予算を取ってくる。こうした一連の布置状況が官僚制化の進展を促進するものだった、といったところか。



学部は中世以来のヨーロッパ大学の組織であったし、研究所は産業革命以来の自然科学を中心とした科学の大経営化の申し子である。それがアメリカにみられる、私的基金の大学への流入によってその異質化が促進された。この「学部」と「研究所」が学界のリクルート形態として「私講師制」と「助手制」に対応していたことは、前述のことから読者も気づかれておろう。いわばこの異質の組織集団の同化する方法が模索されたのである。学部正教授の研究所所長兼任がその解決のひとつだった。(p.180)


ここで指摘されている学部と研究所の対比は興味深い。教師や学生の組合であったところから立ち上がってきた中世の大学は、「自治的な組織」であり、私講師(俸給なし、官吏ではない)はこうした伝統から出てきている。これに対し、研究所は政府からの公的資金などを受けて設立された「統治機構に組み込まれた組織」であり、国家官吏として助手から幾つかの階梯を登って主任教授へと昇進する助手制(俸給あり)は、まさにこうした成立事情と一致している。

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