アヴェスターにはこう書いている?
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宇野重規 『保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで』

 社会も人間性も複雑である。そうだとすれば、単純な原理に基づく単純な政府は、ただそれだけで問題がある。(p.56)


バークの保守主義を解説する中で出てきたこのフレーズは、恐らく、現代のポピュリズムに対する批判として述べられているように思われる。



 エリオットに代表される英国の保守主義の基盤にあるのは、このような共通感覚であり、伝統の観念であり、さらにいえばヒューモアの感覚なのだろう。逆にいえば、このような共通感覚が失われ、イデオロギーが互いに何も共有することなしにぶつかり合うとき、政治的な空白と秩序の崩壊が生じる。(p.79)


現代アメリカの政治状況はこうした秩序の崩壊に近いように思われる。



統治とは、何かより良い社会を追い求めるものではない。統治の本質はむしろ、多様な企てや利害をもって生きる人々の衝突を回避することにある。それぞれの個人が自らの幸福を追求しつつ、相互に折り合っていくには「精緻な儀式」が必要である。そのような「精緻な儀式」として、法や制度を提供することが統治の役割なのである。
 そうだとすれば、統治者のつとめは、人々の情念に火をつけることではない。むしろ、あまりに情熱的になっている人々に、この世界には自分とは異なる他者が暮らしていることを思い起こさせることが肝心である。(p.99)


オークショットの思想について述べている箇所だが、ここでもポピュリズムに対する批判ともなる内容が語られている。



多くの異なる言葉が出会い、互いを認め合い、そして同化することを求めないのが会話の本質である。一つの「声」が他を圧倒してしまうのは、会話ではない。(p.100)


ポピュリストや現代の日本で「保守」を名乗っている復古的反動主義者たちに決定的に欠けているものの一つは、ここで述べられているような「会話」であろう。

最近の政治の場での討論や議論を見ていると、「会話」が全く成り立っていないと痛感する。森友学園に関わる問題や自衛隊の日報の問題などを見ると、政府の側の隠蔽、誤魔化し、強弁、露骨な印象操作などは明らかに度を越えている。政権側を恐れるメディアもそれを十分追及できていない。政府に対して質問をしても、不都合な事実は隠蔽し、答えると都合の悪いことは資料がないことにしたり、答えることをせずに誤魔化したりといった対応ばかりが目につく。



現状に強い不満をもつ人間が、一定の世界観に基づいて変革を主張する。このような革新主義に対し、反発を覚える自己を認識したものが保守派となる。すなわち、保守は必ず革新に遅れて登場するというのである。
 そのような保守派はイデオロギーを必要としない。自らの生活感情に根ざして必要な改革を行えばいいのであり、むしろ「保守主義」なる大義名分をかざして自分を正当化しようとすれば「反動」となってしまう。(p.160-161)


福田恆存(つねあり)の保守主義論について解説している箇所だが、この最後にのべられているものは、まさに現代日本で「保守」を名乗る人々の多くに当てはまるものである。かつて(15年くらい前まで)「保守本流」を名乗っていた相対的に中道的な保守主義者の政治力は弱まり、現在は安倍晋三が代表的だが、復古主義的な反動主義者たちが「保守」を名乗っているが、まさにこれらの人々に、ここで述べられていることはぴったり当てはまるように思われる。彼らが名乗る「保守」とは自己正当化のための大義名分に過ぎない。



 ハイトは道徳基盤を、<ケア>、<公正>、<自由>、<忠誠>、<権威>、<神聖>の六つに分類する。……(中略)……。
 ハイトの実験によれば、この六つの道徳基盤のうち、リベラルがもっぱら<ケア>と<公正>と<自由>を重視して、<忠誠>、<権威>、<神聖>を無視しがちなのに対し、保守の側は六つをほぼ等しく扱っているという。(p.196-197)


この実験結果は、マイケル・サンデルのリベラリズム批判とも通底するものがあるように思われる。例えば、「負荷なき自己」からは忠誠、権威、神聖といったものとの関わりは剥ぎ取られている。



 背景にあったのは、過去に進歩主義のおごりや迷走を批判してきた保守主義であるが、いまはむしろ保守主義におごりや迷走が見られるのではないか、という問題意識である。(p.210)


確かに。妥当な問題意識。

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