アヴェスターにはこう書いている?
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待鳥聡史 『代議制民主主義 「民意」と「政治家」を問い直す』(その1)

 代議制民主主義に対するこれらの挑戦は、共産主義とファシズムとしてそれぞれに括られる。その主たる唱道者のイデオロギー的位置の違いから、最左派と最右派という二つの極端な立場からの挑戦だと理解されることが多いが、両者には共通点もある。それは、代議制民主主義の持つ自由主義的要素をとりわけ否定したことである。……(中略)……。
 ……(中略)……。このように、社会全体の利益を強調し、それが政治的競争ではなく実質的な独裁によって追求できるという考え方を全体主義という。(p.57)


本書では共産主義を左派全体主義、ファシズムを右派全体主義としてどちらも全体主義の一部だという見方が示されるが妥当である。

本書の見方では、代議制民主主義は民主主義要素と自由主義要素から成ると理解されるが、自由主義要素を否定した純粋な民主主義的な考え方では、社会全員が全員を直接統治することができない以上、全員の意見を代表しているとする少数者が統治することにならざるを得ない。しかし、自由主義的要素を否定してしまっているが故に、少数者の行為が社会全体の意見と異なる場合でも歯止めをかけることができないという問題が生じる。また、私がこの問題に関していつも思うのは、支配する少数者が社会全体の意見を代表するということを担保する制度や仕組みといったものが存在したことがないし、どのようにして担保させるかについて誰も知らないということである。



 戦勝国であるか敗戦国であるかを問わず、平和の到来とともに復員する男性兵士が多数出現して、各国にベビーブームが起こった。たとえば日本の場合、1949年の年間出生数は269万6638人で、自然人口増は175万1194人に達した(厚生労働省『人口動態統計』)。……(中略)……。
 ……(中略)……。彼らは1960年代後半になると大学に進学し、成人するようになるが、大人になったベビーブーム世代が見出したのは、各国の戦後社会の「いかがわしさ」であった。とりもなおさず、それは代議制民主主義の「いかがわしさ」でもあった。
 かくして、アメリカ、フランス、日本など先進諸国の各地で、1960年代後半にはベビーブーム世代を中心にした大規模な社会への異議申し立てが発生した。それは、具体的な異議申立ての対象と担い手によって、学生運動、住民運動、女性運動、反公害運動、反戦運動、差別反対運動などさまざまな形をとった。各国の運動が国際的に連帯する例や、過激で暴力的な反体制、反社会的運動に転化する例も見られた。しかし共通して認識されていたのは、選挙をはじめとする従来の政治参加ルートの機能不全であった。……(中略)……。代議制民主主義への懐疑、あるいは代議制民主主義における民主主義的要素の強化こそが、これらの異議申し立ての隠れたテーマだったともいえよう。(p.67-69)


60年代末の様々な異議申し立てをベビーブーム世代の生育環境と、彼らの代議制民主主義の体制に対する疑念によってある程度の共通の背景を説明できており、その隠れたテーマについて指摘しているが、このあたりは目から鱗という感じで、非常に参考になった。



マクロに見れば、先進諸国の経済成長は60年代後半には鈍化しはじめ、70年代の石油危機がとどめを刺す形で、成長に依拠していた戦後和解体制の維持は困難になっていた。それまで主流であった社会保障の拡充を中心とするケインズ政策や福祉国家化は財政悪化や社会規律に悪影響を及ぼすものとして批判の対象となり、代わって市場経済の潜在能力を重視した政策が追求されて、アメリカ、イギリス、西ドイツ、日本などで保守長期政権が登場した。
 この現象は、代議制民主主義の持つ自由主義的要素と民主主義的要素の裂け目という観点からは、1960年代から70年代前半までの民主主義的要素の重視から、自由主義的要素の再台頭として位置づけられる。(p.71)


この現象を、一つ前の引用文のような世代論を敷衍して説明すると、次のようになるのではないか。民主主義的要素を強化しようとする60年代から70年代の運動が、様々な個別の成果は挙げつつも、代議制民主主義の体制自体は変革しきれなかった挫折ののち、働き盛りで納税により社会を主として支える役回りを演じる時期に入ったベビーブーム世代は、その政府・政治への不信から、納税額が少なく済むことを望んだという一面もあるのかもしれない。もっとも、このような世代論による説明は部分的なものでしかないが。



 無党派層とは、政治や政党に対して関心を持たない人々のみを指すわけではなく、むしろ政治的関心や政党への期待水準が高く、そうであるがゆえに既成政党に満足できない人々を含んでいる。このような人々は、自らの利害関心をより適切に政策決定に表出してくれる政党が登場したと感じた場合に、雪崩を打ってその政党を支持する場合がある。(p.92-93)


なるほど。無党派層というと、何となく特定の党派を支持する人よりも政治的関心が低そうなイメージで捉えがちだが、逆に政治への関心が高いが故に既成政党に満足できない人々もここに分類されている。無党派層には本当に無関心な人と感心や要求水準が高い人の2つの異なったカテゴリーに属する人が含まれていると考えると、これらには別の名前を与えて分類する方が適切かもしれない。



 代議制民主主義は、アドルフ・ヒトラーを筆頭に繰り返し扇動政治家の登場を許し、そのたびごとに反省が語られてもきた。だが、民主主義は有権者の意向が政策決定に反映されることに意義を見出し、意向が形成される際の判断基準が理性的であることまでは求めていない以上、扇動政治家の出現は避けきれない面もある。代議制民主主義にとって大きな課題である。(p.113)


このエントリーの最初の引用文に対するコメントで私が述べたことと関連する問題である。

説明責任を果たす圧力を高めること、説明責任が果たされなかった場合に、いかに速やかに委任を受けた者を退場させたりペナルティを与えることができるかということが、この問題を解くためのポイントの一つなのかも知れない。(説明を受ける有権者側の判断が妥当かどうかという問題は残るが。)

例えば、現在行われている国会でも、森友学園に関する追及への首相や政府の答弁や名前を変えた共謀罪法案に対する法務大臣の体をなさない答弁など、説明責任を果たしていない重大な事例が次々と出ているが、これを追及しきれないような制度設計には極めて大きな問題があると言わざるを得ない。



2010年に始った「アラブの春」は、反体制運動に加わった人々がインターネットのSNSを使いこなして相互に連帯し、かつ先進諸国をはじめとする海外からの支持を集めた点に注目が集まった。確かに運動の手法ないし技術という点で新奇さはあったが、それまで約20年にわたって続いてきた世界的な民主主義体制の拡大が、中東地域にまで及んだという側面も持っていた。(p.114)


世界的に民主的要素を求める動きが強まっていることがアラブの春の背景の一つになっていたわけだ。なるほど。

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