アヴェスターにはこう書いている?
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竹崎孜 『スウェーデンの税金は本当に高いのか』(その1)

 国民全体の税金負担は、国の税収全体に占める税金と社会保険料の合計によって計算できるとされるが、他方、個人負担のほうは、家計との比較や関係から割り出すほかはないであろう。……(中略)……。
 ……(中略)……。税負担とはこのように、家計や所得との三者関係から成り立つ
 ……(中略)……。
 今日では、家計構造についての信頼できる資料がなかなか見当たらないなか、それでもなお家計概要の推測はできよう。その際に重要なことは、税金と社会保険の負担率を明らかにすることのほかに、これまで見落とされがちであった学校や予備校・学習塾にかかる費用、多数ある民間保険の料金、貯蓄など、月々の家計出費の中でこうした絶対的に避けられない支出を見据えることである。それらをここでは「固定家計費」と命名しておこう。
 ……(中略)……。さらには、民間保険費用が家計に食い込むのは、税金と社会保険料などを払いながらも、公的保障だけでは不安で、さらに補強するのが目的であるだけに、こうした出費を省いてしまえば、生活不安が増幅してしまうからである。
 ……(中略)……。
 世界には、貯蓄に励む理由が見つからないという国民もいる。……(中略)……。
 それが日本人ならば「生活が不安だから貯蓄しておく」、あるいは「生活に困らないために貯蓄する」と、不安に追い立てられる様子を物語る。最後の言葉が象徴するように、日本での貯蓄とは、失業や傷病時の生活費、医療費、教育費、それに老後生活費を準備するものとなっている
 いずれにしても、税金による国民生活の支援や社会的セーフティネットの不備を露呈しているのと同時に、社会保障や社会保険制度の水準の低さを裏づけており、税金を支払いながらも、固定家計費の追加がどうしても不可欠で、こうした出費である貯蓄は、税金と社会保険料と並ぶ費用として合算されるべき家計支出であることを忘れてはならない。
 それも日本の家計を分析すると、税金や社会保険料に加えた固定家計費用の大きさが特別に目立つ。日本では、税金が安いと言い伝えられてきたのにもかかわらず、社会的・公的保障水準の低さがそのまま生活不安の拡大へつながっており、それぞれの家計は自力を頼みとする防衛策のためになんとか捻出しようとするのが固定家計費であって、それが生活をさらに圧迫している。(p.24-27)


本書のタイトルになっている問いに対して答えるにあたってのキー概念である「固定家計費」の考え方を説明した箇所より一部抜粋した。ここで示された考え方は日本における公的負担と公的支出のあり方を考える際に非常に参考になるものである。

固定家計費の代表的なものは教育関係費、民間保険料、貯蓄であるが、こうした固定家計費の日本の家計では支出が大きい。税や社会保険料が安くても、これらが高いので家計は苦しい。これらが必要となるのは税負担が少ないことと、負担した税が個々の家計を支えるための支出をあまりしていないためである。こうした循環が成り立っているのが日本の税と家計の姿である。

つまり、税等の負担が少なく、個々の家計に還元されない→固定家計費が必要→税負担が少ないが家計の痛税感は高い→増税を忌避し、納税を嫌い、自分以外の家計への還元を非難するような世論が形成、といった悪循環が日本では成立している。

税負担が少ないことは私には自明のことであり、この点には何の目新しさもなかったが、税の配分先として家計に戻ってくるものが少ないという点を改善しなければならないということが本書から得た収穫であった。もっとも、累進性を高めることによる増税が必要である、という私の年来の主張自体は変わらないが、増税をしても家計に戻ってこないのであれば(産業などに支出しても比較的高めの所得者を潤すだけであれば)この構図は変わらないので、まずは家計の生活を支える歳出の割合を増やす必要がある。

また、しばしば消費税の増税の議論などと絡めてマスメディアなどでは、日本は税負担が外国より少ないので、まだ増税の余地があると言われているが、固定家計費の高さを考慮に入れると、そのような言説で言われるほど増税の余地は大きくないということは理解しておかなければならないだろう。



 今回の日本型不況は、ヨーロッパ各地を1970~80年代に襲った不況に酷似しており、当時の各国が抱えこんだ悩みや苦しみを真摯に受け止め、先見の明をもって研究と分析を行っていたならば、諸国での教訓が生きて日本は不況をこれほど長く体験することはなかったと想像できる。(p.43)


私は著者が言うほど、1990年代以降の日本の「不況」と70年代頃のヨーロッパの不況とが似ているとは思わない。日本ではデフレだが、当時のヨーロッパはスタグフレーションでありインフレの状態であったことなどを見てもそう言える。ただ、経済成長が鈍い中でどのような社会を構築することで対処するかという問題を考える場合、当時のヨーロッパ諸国がとった対応をよく知っておくことは有益ではないかという気がしており、そうした志向という点では著者に共感できるところがある。

また、日本の「不況」と言われるものの構造的な要因の一つは90年代後半から始まった生産年齢人口の減少であり、今後は総人口も減少していくことである。この点も当時のヨーロッパとは状況としては異なっているが、人口の増加率が下がらないようにする対策と言う意味では学ぶべきものがあると思う。本書の上記の指摘は、事実認識としては疑問だが、それが志向するものとしては大きく間違っていないという点が逆に興味深い。

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