アヴェスターにはこう書いている?
本を読んでいて気になったことなどを徒然なるままにメモしておくブログ。書評というより「読書メモ」。
プロフィール

ツァラトゥストラ

Author:ツァラトゥストラ
「ツァラトゥストラはこう言っている?」の姉妹編。日々読んでいる本から気になった箇所をピックアップして自由にコメントするブログ。

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

トーマス・W・フェラン 『魔法の1・2・3方式 「言い聞かせる」をやめればしつけはうまくいく!』

 怒鳴りつけたり、子どもを叩いたりする親の大半は、実は自分がかんしゃくを起こしているのです。そのわけは、次の3つです。

 自分でもどうすればよいのかわからない。
 ・冷静さを失っている。
 ・うまく怒りをコントロールできない。(p.29-30)


この箇所から、対処をしたいけれども対処法がわからないときは、イライラするというのは確かにあると気付かされた。



幼い子どもは自分を劣っていると感じています――大人よりも小さく、できないことも多い。……(中略)……。そのため、子どもは不満になり、力が欲しい、世の中に何か影響力を与えたいと思っているのです。
 ……(中略)……。
 小さな子どもが、湖へ向かって、石を投げるのを見たことがありますか。子どもは、そんなことを何時間でもやっていられます。その理由の一つは、そのときできる大きな波紋が、自分の影響力の証拠だから。この変化を引き起こしたのは、他でもない自分なのだということを実感できるからです。
 「家庭の中の出来事とそれがいったいどんな関係があるのか」と思われるかもしれません。答えは簡単です。小さな子どもが大人を怒らせることができれば、それがその子にとっての波紋です。ですから親が怒りを爆発させれば、図らずも子どもに優越感を感じさせる結果になるのです。
 ……(中略)……。
 ぜひ覚えておいてください――お子さんがあなたが嫌だと思っていることをするたびに本気で怒ったら、間違いなくお子さんはそれを繰り返すでしょう。
 しつけに必要なのは、一貫性を持ち、意志を貫き、冷静でいることです。どうか「言い聞かせない、感情的にならない」の原則に従ってください。(p.34-36)


優越性の要求をおかしな形で満たすことになってしまうということが、親の側が感情的になることは望ましくないことの一つの理由。なるほど。

「言い聞かせない、感情的にならない」という原則に従いながら、しつけにおける賞罰を、罰はルール化、賞は手段を類型化して一貫して適用するところが、本書が提唱する方式の基本的図式である。



でも、多くの場合、謝るというのは偽善の練習であるということもお忘れなく。謝るように子どもに強制するのは、子どもを罰するという要素が大きく、必ずしも後悔や思いやりの気持ちを引き起こさせるわけではないのです。(p.77)


実感としてよく分かる。



 どちらのケースについても、子どもが駄々をこねたりかんしゃくを起こしたりする場合に、必ず守りたい基本のルールがあります。それは、子どもと口をきかないこと。(p.94)


こうした場合に子どもと話をすると、「言い聞かせる」ことになり、また、親の側が「感情的になる」ことになるためであろう。この基本ルールは2つ前の引用文に関連して語られた原則(これは本書で何度も何度も出てくる)を別の言い方で言い直したものと言える。



 うそに対する対応の仕方ですが、ぜひ覚えておいていただきたいのは、うそをあまりに重大視しないことです。もちろんよいことではないのですが、かといって、ものすごく恐ろしい行為でもないのです。うそをつかれて憤慨し、この世の終わりかのような反応を示す親御さんもいますが、そうすると次のような結果を招きかねません。

 ・子どもが自分を最低の人間だと思うようになる。
 ・もっとうそをつくようになる。(p.151)


私自身としては嘘をつくということは、嘘をつく相手を侮辱することでもあると考えている。その意味で嘘を言われた場合、相当の怒りを感じるのだが、育児という局面ではあまりこれを重大視しない方がよいらしいと理解した。



たとえば夕飯を食べ終えたあと、宿題をやったのかどうか、子どもに聞いたとします。宿題はないよと6回も言ったあと、ようやく算数の宿題があることを白状したとしましょう。……(中略)……。
 さて、ここでよく考えてください。気がついていないかもしれませんが、こうすることであなたはお子さんに、うそをつく練習を6回もさせていたことになるのですよ。(p.153)


確かに。育児や教育という局面では、こうした「練習」をさせないに越したことはない。



 私たちはこう考えています――5、6歳くらいまでの子どもであれば、多少大げさにほめてもかまわない。このくらいの年齢の子は基本的にどんな励ましも喜んで受け入れます。自分がうまくやったのかどうか、自分で判断できない場合が多いからです。
 けれども1~2年生くらいになったら、注意が必要です。このくらいの年齢になると、うまくできるということがどういうことかがわかり、ほめことばが本心からかどうか判別できるようになるからです。(p.163)


なるほど。



 一番いいのは事実を淡々と述べることです。
 「ジョン、宿題を始める時間になったよ」
 「メアリー、寝る時間よ」といった具合に。この口調には「やりたくないかもしれないけど、やらなければならないよ」という感情が込められています。(p.165)


子どもに「させたいこと」をさせるときの方法として「要求する」場合の注意点の一つ。命令には反発を引き起こしやすいという要素もあり、その意味からも、こうした事実を述べるやり方は適切であると思われる。活用したい。



 まず、絶対にやってはいけないことがあります。それは、ふと思いついたときに、宿題をやったかどうか子どもに問いただすこと。これは唐突な要求の一つで、子どもは抵抗します。宿題を習慣にして、できるだけ同じ時間、同じ場所でさせることが大事なのです。
 一番いいのは、子どもが帰宅したらおやつを食べさせ、30分から45分ほどゆっくりさせたあと、宿題をさせるという手順です。多くの子どもにとって、宿題は体力が残っている日中にすませてしまったほうがよいようです。宿題が終わったら、あとは自由時間です。
 テレビをつけっぱなしで宿題をさせないように。テレビは、常に人の注意を引きつけようとしているからです。意外に思われるかもしれませんが、CDやiPodなどで音楽を聴きながらするのは問題ありません。子どもやティーンエイジャーにとって、音楽を流しておくことは外の生活音を遮断するための手段だからです。(p.207-208)


宿題をさせることについては、本書と概ね同意見である。遅くない時刻に時刻と場所を決めてする習慣をつけるというやり方は極めて妥当と思う。唐突に宿題をやったか確認してやらせるのがうまくいかないというのも参考にすべき。

なお、テレビに関しては全く同意見だが、音楽に関しては子どもの個性にもよる面があるようにも思う。



 結婚には働くことと遊ぶことの両方の要素があります。うまくやっていけるのは、そのバランスをとることができるカップルです。しかし、仕事というものはあまりに自然に、そしてあまりに支配的に私たちの生活に入り込んでくるため、遊びと仕事のバランスをとるためには、一緒に楽しむ時間を確保し続けることが重要になります。
 子どもとの関係も同じです。子どもを好きになるためには、子どもと一緒に頻繁に楽しむ必要があるのです。(p.242)


前段の結婚に関する理解は参考になる。結婚の場合の仕事は、職業的な仕事のほか家事のことも含まれると思うが、思うに家事を協力してできない場合、夫婦の関係は基本的によくないものとなると私も考えているが、それを的確に表現してくれていると思われた。



そう、「1・2・3方式」は、なによりも親が、この方式に対する親の理解と覚悟が試される方法なのです。けれども同時に、正しく行えば、親の怒りをコントロールする方法でもあります。(p.293)


この点は本書を読んで感じた私の見方とぴったり一致すると思われた。

本書の考え方から言うと、次のようになるだろうか。

子どもは「小さな大人」ではないため言い聞かせようとしても素直に納得したりはしない。このため親が怒りを感じることになり、これが暴力などに繋がる。その上、親が怒っても子どもをしつけることはできない。「言い聞かせない、感情的にならない」という原則に則り、賞罰の方法をルール化して揺らがずに一貫性を持って実行することによって子どもはすべきこととすべきでないことを適切に学ぶことができる。この一貫した実行をするには、その方法に対する理解と覚悟が必要となる。

スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://zarathustra.blog55.fc2.com/tb.php/1166-c4b4d6ee
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)